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Ocean's Blue

023:新たな生活

 何もかも失ってしまった。

 これまでの生きてきた意味すら失った。

 だけど、たった一人の大切な人が傍にいてくれればいい。

 この街で、俺はずっと生きていく────

 ◆

 チチチ…

 鳥のさえずりと、窓から差し込んだ朝の日差しによって、目を覚ましたレ
イは、半分寝ぼけたまま寝室から出ると、階下にあるシャワー室へ向かっ
た。冷水を浴びると意識も段々はっきりしてきた。シャワーを軽く浴びた後、
レイはシャワー室の前に置いてあった服…いつもの旅装束ではなく、一般
の人々が着るような軽装のシャツやジーンズを身にまとった。
「さてと…」
 レイはそのまま「その家」の居間へ顔を出した。居間の奥にある小さな
キッチンには先客がいた。その先客はレイが入ってきたのに気づいてな
いようなので、レイは足を忍ばせて、その先客である少女に後ろからいき
なり抱きついた。
「ひゃっ!…ってレイ…脅かさないでよ〜」
「ごめんごめん、フィリ、おはよ」
 レイはあんまり悪びれた様子もなく笑いながら言った。フィリは背後か
ら抱きついているレイに顔だけ向けると、にっこりと笑った。
「おはよ、レイ。今日から頑張ろうね」
「ああ」
 レイはフィリを抱きしめたまま力強く返答した。

 ◆

 話はここから1週間前に遡る。

 1週間前…つまり、レイ達がドレイクを倒した後、執り行われた祝勝会の
翌日のことである。レイは弓を引くことができなくなり、冒険を続けられなく
なってしまった。
 冒険が続けられなくなったため、アルベルタに至るまでにできていたジュ
ニア達とのパーティも解散せざるをえなくなった。ジュニア達は弓が引くこ
とができなくなっても冒険は出来ると主張したが、ウェルガなどの上位魔
族などと渡り合うのは不可能、危険すぎる上に足手まといになるとのレイ
の言葉に、皆、黙らざるをえなくなった。
 それから数日、ジュニア、エリカはまた気ままな旅に、イアルとティアも
また自分の道を探す旅に、それぞれ出発していった。皆、レイの事で後ろ
髪を引かれるということはなかった。

 レイの傍らにはフィリがいたからである。

 レイはこの街…アルベルタで生きていくことを決意し、フィリもまたレイの
傍にずっといることを決めたのである。2人は冒険者をやめ、平穏の中に生
きることにしたのである。
 ちなみにガイストはティアに同行している。戦闘面での配慮と、フィリがガ
イストとともに旅がしたいと言い出したからである。


 ずっと傍にいるということは、同居、同棲、言い方は様々だが、そうするこ
とに決めたわけだが、2人の前にはかなりシャレになってない巨大な壁が
存在していた。それはフィリの父であるオールド=グロリアスである。レイと
フィリのことを認めたとは言え、いきなり同棲させてくれなどと言ったらどう
なるか考えたくもなかった。というか考えたフィリが蒼白な顔で気絶した。
 というわけで、フィリは1日(長)ほど姉のミリアに相談し、レイも交えてオー
ルドに話す言葉の練習をしたのである。

 ◆

「フィリにずっと傍にいて欲しいんです…フィリにずっと傍にいて欲しいんで
すフィリにずっと傍にいて欲しいんです…」 
「レイ、ずっと隣で聞いてると恥ずかしいんだけど…」
 フィリが真っ赤な顔で呟いた。練習した翌日、レイとフィリは並んで、グロリ
アス家の居間のソファーに腰掛けていた。と、2人の待ち人であるオールド=
グロリアスが顔を見せた。ちなみにオールドはドレイク襲来前に予定していた
龍之城、アユタヤ行きを中止し、アルベルタの復興に尽力している。
「ん、レイ君にフィリおはよう、レイ君、肩の怪我の具合はどうかね?」
「お、おはようございます。肩はな、何とか」
 レイが緊張のあまりカチコチになっている。冒険中で緊張に慣れているは
ずなのだが、やはりこういうことは勝手が違うらしい。するとミリアがコーヒー
を3人分持ってきた。
「ほらほら、冷たいコーヒー入れてあげたから飲んで落ち着きなさい」
「あ、ありがとうございます」
 レイはコーヒーをあおる様に飲んだ。フィリとオールドもコーヒーを手に取り
口をつけた。レイはコーヒーを飲み干した後、一気に言った。

「フィリを俺にください!」

 ぶは!

 フィリとオールドが思いっきりコーヒーを噴き出した。
「れ…練習とちっがぁあーぅぅぅぅぅっ!!」
 フィリは緊張のあまり全然違う爆弾発言をしたレイに詰め寄った。
「だ、だって、こんな経験ないんだぞ!」
「だからってこれだと…け…結婚みたいで…っ」
 結婚のあたりでフィリの顔が真っ赤になった。
「う…」
 つられてレイの顔も赤くなる。そこで見かねたミリアが助け舟をだした。
「はいはい、痴話喧嘩はそこまでね。お父様、要するにこの子達ね、同棲し
たいって言いたいのよ…て」
 ミリアは心臓をおさえたまま、動かなくなっているオールドに気がついた。
「ってお父様もこんなことで心臓麻痺にならないの!」

 ドガ!!

「ごふっ!!ごっほごっほ!」
 ミリアが足の裏でオールドの胸に蹴りを入れるとオールドが復活した。心臓
麻痺の人間に対する治療としては最悪の部類なのは間違いないが。
「く…ミリア…胸が蹴られたように痛いぞ…」
「気のせいです」
 ミリアは素知らぬフリをしてそう言った。
「靴の跡が胸についているのだが」
「お父様、それよりあの子達の話を聞いてあげてください」
「この靴のサイズ、どう見てもミリアのものなんだが…」
「お父様、自分の娘が信じられないんですか!?愛せないんですか!?」
「おお、そうだったな!私はお前たちを愛しているぞ!」
 オールドがレイ達に再度向き合った。レイは心底オールドに同情した。 
「…で、もう一度言ってもらえるか?」
 オールドの顔が笑っている。レイ達が何が言いたいのか、どうも見透かし
ているような笑みだ。
「俺、この街で生きていく事にしました」
「レイ…?」
 また練習とは全く違った言葉を言い出したレイにフィリが驚きの表情を向
けた。レイはフィリに大丈夫だと笑いかけると言葉を続けた。
「単刀直入に言います。俺がこの街で生きていく事にしたのはフィリがいた
からです。俺はフィリとずっと一緒にいたいんです。だから…フィリとの同居
を認めてもらいたいんです」
「…」
 オールドの視線が鋭いモノに変化した後──
「…ふぅ」
 オールドは深いため息をついた。
「レイ君、私が先日何と言ったか覚えているかね?」
「それは…」
「私は君にフィリが必要なら…連れて行っても構わないと言ったはずだ」
「…じゃあ」
「ただし」
 はやるレイをオールドが制した。
「私にとって最も大切なものは3人の娘であり、大切なことは娘たちの幸せ
だ。私の言いたい意味がわかるか?」
「はい、俺はフィリに辛い思いをさせたりしません」
「…いい目だ。若い頃のラクール殿を思い出すな」
「親父を…?」
 オールドは懐かしそうな笑みを浮かべた。
「レイ君とフィリを見ていると、昔のラクール殿とマリア殿を見ているかのよう
だ。互いが互いを支えようと必死になっている姿などが特にな」
 レイとフィリが顔を見合わせた。そこでミリアが口を挟んだ。
「ところで、あんた達仕事のアテはあるの?」
 思い出したようにオールドも言葉を続けた。
「そうだな。何なら私の所で働くか?グロリアス商会の系列ならかなりいい仕
事が紹介できると思うが」
 レイが首を振った。その様子をフィリがにこにこした表情で見つめている。
「いえ、俺は自分の力で仕事を見つけます。オールドさんの好意は嬉しいで
すが、ぬるま湯につかるような真似をしていたら、フィリに見捨てられかねな
いですよ」
「お父様、私たちは2人で頑張るって決めたの。だからお父様やお姉ちゃん
には頼らない」
 オールドの口元に笑みが浮かんだ。
「ならば好きにしてみなさい。頑張るのだぞ、2人とも」
「「はいっ!」」
 2人は快活な返事をオールドに返した。

 ◆

 それから2人はアルベルタの空家をまわり、土地の所有者に話をつけ、住
まいを確保した。しばらくは冒険者時代に稼いだお金が余っているので、お
金には困らないが、それでもゆっくりとしていていいほど余裕があるわけで
はない。
 次の日から2人は仕事を探すために街をひたすらまわることになった。予
想外な事にフィリの仕事の方が先に見つかった。
 道具屋の看板娘であり、フィリの親友であるルナ=イムソニアックが人手
を欲していたのである。
「フィリ〜!お願い手伝ってぇぇぇぇぇ〜!」
「ほら、でも、私たちはぬるま湯にはつからないというか…」
 フィリが慌てて断っていると、収集品を山ほど抱えた冒険者…ウィザード
の男が道具屋に入ってきた。

 収集品とは魔物を退治した後に手に入れたりするモノで、鉱石類から虫の
脚まで様々な種類がある。これらの収集品は世に入る好事家達にもとに運
ばれたり、様々な魔術などの研究所などに運ばれ、世の役に立っている…
らしい。

「こいつを…全部買い取ってくれ」
「…はい」
 ルナはその、べちゃべちゃぬちゃぬちゃとカウンターの上に乗せられていく
収集品を見て、一瞬だけ顔を引きつらせた後、営業スマイルを浮かべなが
ら品物の値段を見定めた。
「えっと…血管500個、触手330個、べとべとする液体350個、以上で買取金
額の合計は78800ゼニーになりますが、よろしいですか?」
「ああ」
 ルナはウィザードの男にお金を手渡した。ウィザードの男は満足したように
道具屋を意気揚々と出て行った。道具屋の外で話し声が聞こえる。どうやら
ウィザードの男の仲間が数人いるらしい。
「ジャンク、いくらで売れたんだ?」
「78800ゼニーだ、それなりの値段にはなったな」
「頑張って集めた甲斐があったな!」
「「「はっはっはっは!」」」

 道具屋の外で聞こえる男たちの声と、カウンターの上の惨状にルナが涙し
ながら、フィリに詰め寄った。逃がさないように服の裾をがっちり掴んで。
「フィリ…一人じゃ耐えられないの…他のバイトの子全員逃げちゃったし〜」
 フィリは引きつった笑みを浮かべながら口を開いた。
「えっと…私はここの仕事に向いてないかなぁ〜と…か…」
「フィリちゃんの彼氏はどう思います〜?」
 レイは少し黙考した後、にっこり笑った。
「俺はフィリが食堂とか若い男とがしょっちゅう言い寄ってきそうな所で働くよ
りは、こっちで働いてくれた方が嬉しいかな」
 レイはフィリを千尋の谷へと突き落とした。
「ですよね〜♪」
 ルナがにこにこと笑いながらとフィリの方へと振り返った。
「レイがそう言うなら私我慢するよ…」
 フィリは心の中で涙した。と、その時、ドタドタという音をたてながら一人の
女が道具屋に入ってきた。その女は歳はフィリやルナ達とそう変わらないよ
うだ。すると、その女の顔を見てルナが驚いたような表情を浮かべた。
「リシア〜?お久しぶり〜どうしたの〜?」
 リシアと呼ばれた女が詰め寄るようにルナに言い寄った。
「ルナ!精錬でクホりまくってお金がないの!しばらくバイトさせて!」
「ムキになって精錬はよくないよ〜」
「よくないのはわかってるけどもう精錬は生活の一部なのよ…」
 フッと笑みを浮かべながらリシアが遠い目をした。
「ところで」
 リシアがレイとフィリの方を指差した。
「ルナ、こちらのカップルはナニモノ?」
「フィリは私のお友達でここでバイトすることになったんですよ〜。そちらの
彼氏さんとは同棲が決まったとかで〜」
「なっ!同棲!?」
 リシアが敗北感にうちひしがれた表情をした。
「くっ…最近の若者はっ…!」
「リシアって私と同い歳じゃあ〜?」
 と、そこでレイが手を上げた。
「つーかさ、俺、自分の仕事探しに行っていい?」

 ◆

 レイはフィリを道具屋において再度街に出た。フィリとリシアは今頃、道具
屋の研修を受けている事だろう。
「さてと…俺も仕事仕事…」
 レイは街中で仕事を探したが、そういうときに限って中々仕事が見つから
ないものである。と、レイは背後に猛烈な殺気を感じた。
「…なに!?」
 レイは冒険者の間につちかった反射神経で横に跳んだ。

 ゴゥン!!ドガァ!!

 一瞬、遅れてレイのいた所に鉄槌のような攻撃が振り下ろされた。レイは
怒気をこめて、その攻撃を繰り出した人間に対して叫んだ。
「お前!いきなり攻撃するなんてどういうつもりだ!」
「てめぇこそ!いきなり俺を殴り飛ばしただろうがぁ!」
「は?」
 レイの目が点になった。目の前の男に視線を向ける。歳は自分より少し上
くらいか。ちなみに男が振り下ろしたのは鉄槌ではなくマグロだった。どうで
もいいが。レイは頭をぽりぽりかきながら一言。
「お前誰?」
「ぶっ殺す!このキスク様を忘れてるたぁいい度胸じゃないか!」
 キスク。そう言えばそんな名前を聞いた事があるようなないような…。
「…ちなみにいつ俺がお前を殴ったんだ?」
「ちっ、それを俺に聞くのか、てめぇは…」
 キスクが舌打ちした後、言った。
「てめぇが船員と乱闘やらかした挙句、グロリアスのお嬢様と公開キッスした
時に最初に殴り飛ばされたのが俺だ」
「…えっと」
 レイが明後日の方向を向きながら、遠い目をした。
「そんなもの覚えてるわけねぇよ…」
「ぶっ殺す!」
 レイの予想通り、キスクがマグロを振りかぶって襲いかかってきた。

「仕事さぼって何してるんだ!このバカたれがぁぁぁぁぁ!!」

 ズドガ!!

「ぶげらっ!!」
 キスクの持っているものよりさらに巨大なマグロがキスクを押し潰した、よ
うにレイには見えた。マグロに叩き潰され断末魔の悲鳴を上げて倒れ伏す
キスクの身体をまたいで、こちらに一人の男がやってきた。

「バカな部下が失礼をしました」
 こちらにやってきた男は日焼けはしていたものの、大男というわけでもない
海の男だった。レイはバツが悪そうな表情をした。
「いや、悪いのは俺ですし」
「その後、街を救ってくれたのは貴方でしょう?」
「…って俺のこと知ってるんですか」
「かなり有名人ですからね、全てを投げうってまでこの街を救った至高の
英雄「神雷」レイ=フレジッドの事は」
 その通りだが、どうも話が誇張されてるような気がするとレイは思った。
「で、投げうった後、冒険続けられないんで、この街で仕事探してる最中だっ
たりするんですけどね」
「ん、仕事を探しているんですか?」 
「ええ」
「ならばうちで働きませんか?それなりに給金も出せますよ」
「えっ」
 レイが驚いた表情を浮かべると、その男がニッと笑った。
「申し遅れました。私はアルベルタの製鉄所を経営している、ほいと言うもの
です」
 フィリに続いて、レイの仕事も見つかりつつあった。が、一応その前にレイ
は素朴な質問をほいにぶつけた。
「何でマグロ?」
「便利ですし」
「…」

 [続]


〜あとがき〜
「アルベルタの休日」編の開始です。
メインキャラの仲間達はいったん退場、新キャラ満載です。
ここから『ギルド攻城戦』につなげるのが今後の課題っ!
次回予告…は無し(゚∀゚)


〜登場人物紹介〜
○リシア
フィリが道具屋で働く際の同僚。
冒険者らしいが、精錬で大敗してバイトにいそしむことになる。

○ジャンク
道具屋に収集品を売りにきたウィザードの男。

○キスク
実は第18話でレイに殴り飛ばされている男。
レイの仕事の同僚になる(?)。

○ほい
アルベルタの製鉄所を経営している人。
レイに仕事を紹介する。酒豪。怒ると怖い。



〜Web拍手の返答〜
>スノボツアー疲れましたよw;;;
>助手席のドラさんが時々死体のようにシートから
>ずり落ちるというパフォーマンスつき><
>何回も死体の入ったロッカー開けた気分です。
>(えぇそりゃもうだら〜〜んんと><
スノボいいなぁ…俺の今年の冬は人の服にクソする鳥
との戦いで終了したようなものですしorz

>フィンさんの趣味は風を操る能力を生かした
ギルメンのスカートめくりですか?
全然違います。フィンさんの趣味は漫才の修行と
もやしの栽培です。本人もきっとそう言います。


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