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Ocean's Blue

062:終末北欧神話

 その少女は────ただ一人、その戦いを生き延びた。

 愛する家族も仲間も全て失った。

 それでも───彼女は生きなければならない。

 彼女は───死ぬことを許されない。

 ◆

 昔々、遥か太古の時代、主に3つの世界がこの世には存在していた。

 神々が住まう世界──アスガルド
 巨人族、つまり魔族が住まう世界───ヨトゥンヘイム
 そして、人間が住まう世界──ミッドガルド

 この3つの世界は世界樹イグドラシルの幹によってそれぞれ繋がりを持っ
ており、イグドラシルの頂上部分にアスガルド、枝葉の部分にヨトゥンヘイ
ム、根っこの部分にミッドガルドが通じていた。
 神々の世界アスガルドの中央にはグラストヘイムと呼ばれる宮殿があっ
た。そこでアース神族の頂点に立つ主神オーディンがこの世界の全てを統
括していた。そしてオーディンには3人の息子がいた。

 長兄であり次期アース神族の王であり、アース神族の象徴でもあり、そし
て希望をもたらす「光の神」バルドル

 次兄でありながら、母が人間であったためグラストヘイム宮殿に入ることを
許されなかった男。だが、彼は人でもあり神族でもあることを誇りとし、ミッド
ガルドで人に戦う術を授けた──「勇者」ヘイムダル

 そして、女の身でありながら、オーディンによって男として厳しく育てられた
名も無き神である「少女」───ヴィーダル
 
 3人の兄妹は互いに境遇が違っていたが、とても仲が良かった。ヘイムダ
ルが傷つけばバルドルがかばい、ヴィーダルが泣けばヘイムダルが助けに
行き、バルドルが疲労を感じればヴィーダルが癒やしにいく。3人は──とも
にアース神族の未来を紡ぐことを誓い合っていた。

 だが、あの事件が───全てに破綻をもたらした。

 ◆

 アース神族には敵がいた。それすなわち現在の魔族──当時は巨人族と
呼ばれていた者達である。彼らは巨人族の母であるユミルの名の元に、人
間たちの世界、ミッドガルドで暴虐の限りを尽くしている時期があった。
 アース神族の王であるオーディンはこれを止めるため、ユミルの討伐を決
定、全アース神族におけるユミル討伐戦が始まった。巨人族の不意をつき、
主要なる巨人族の幹部を「雷神」トールのミョルニールで抹殺、ユミルが無
防備になった瞬間、神馬スレイプニルにまたがったオーディンが天槍グング
ニールにてユミルの心臓を貫き殺害。ユミルの肉体をミッドガルド大陸全域
に封印、その精神──「美徳」と「大罪」をそれぞれ7つに分割、これもまた別
の封印を施した。
 ユミルを失い統率をなくした巨人族を各個撃破したオーディン達は巨人族
を「不毛の大地」と呼ばれるヨトゥンヘイムへと追放した。


 巨人族はアース神族に激しい憎悪を抱いていた────


 だがある日、巨人族のなかでもとりわけ変り種な男がオーディンの元に
やってきた。その男の名はロキ、常に笑いを忘れない「道化師」ロキとさえ
呼ばれる変人である。彼は巨人族とアース神族との和解を提案、このまま
では両者はともに憎悪を抱き、潰し合い、疲弊するだけだと。オーディンは
和解案を呑むことにした。アース神族も限界だったのだ、戦いを延々と継
続することが。

 それはある巨人族の存在にあった。

 「氷狼」 フェンリル

 恐るべき力を持つ巨人族「最強」の化け物である。フェンリルとの戦いは多
くの死傷者を出した、敵味方双方にである。オーディンはこのフェンリルをグ
ラストヘイム宮殿の最下層への封印を提案する代わりに、巨人族のヨトゥン
ヘイムからの出奔を許可した。

 これが和解のはじまり───

 アース神族と巨人族の奇妙な共同生活が始まった。

 互いにあれだけ憎んでいたにも関わらず、妙にしっくりきたのだ。

 だがオーディンは万が一のときに備え、グラストヘイム宮殿とは別の場所
にあるヴァルハラ宮殿に戦力を集中させておいた。フレイヤをはじめとする
「戦乙女」ヴァルキリー達を主力にすえた戦力を。

 誰もが───もう戦いは起きないと思っていた。

 巨人族はアース神族を憎むのをやめ、アース神族は巨人族に信頼すら抱
き始めていた。ともに生きられると思っていた。


「憎しみは消えない。憎悪は永遠に連鎖するものだ」


 その言葉とともにロキの凶刃が兄であるバルドルの胸板を貫く様を目撃し
たヴィーダルはその場にへたり込んだ。あまりの恐怖に少女は放心状態に
陥ってしまったのだ。

 地鳴りが、山鳴りが響く。

 巨人族の総攻撃が突如として始まった。

 俗に言う神魔の最期の戦い「Ragnarok」の開戦である。

 ◆

 巨人族は総大将であるロキの他に5人の化物が中枢にいた。

 炎の国ムスペルヘイムの王、「炎獄王」 スルト
 死者の都ニブルヘイムの女王、「死の女神」 ヘラ
 世界を取り巻くウロボロス、「世界蛇」 ヨルムンガンド
 死者の国の番人、「地獄の猟犬」 ガルム

 そして、巨人族最強の化物 「氷狼」 フェンリルである。


 戦いは異界に存在するといわれるニブルヘイム(どうやってヘラ達が渡っ
てきたかは不明)、その女王ヘラの軍勢と「戦乙女」ヴァルキリー達との戦
いから始まった。

 その戦いを尻目に、神器ミョルニールを所持する「雷神」トールと「世界蛇」
ヨルムンガンドの戦いが始まった。ヨルムンガンドはトールを万力のように締
め上げ捻り潰そうとした。血を吐きながらもトールはミョルニールをヨルムン
ガンドの頭蓋に叩き付けこれを殺害した。──が、トールの肉体に牙を突き
立てていたヨルムンガンドが毒がトールの命を奪った。

 アース神族には最強の剣神と言われる男チュールがいた。チュールの
相手は地獄の猟犬ガルム、この戦いは最も激しい戦いであった。軍配は
チュールにあがったものの、ガルムは最期の力を振り絞り、チュールの喉
笛に牙をつきたてた。ガルムが地に崩れ落ちた後、チュールは剣を天にか
ざしながら死んだ。剣に生き、剣に死んだ、戦の神として最も誉れ高い最
期だった。


 激しい戦いが行われる中、巨人族の総大将ロキはヴィーダルで遊んでい
た。逃げ惑い泣き叫ぶヴィーダルを少しずつ傷つけ嬲っていた。そこに現れ
たのは兄であるヘイムダルだった。ヘイムダルは兄を殺された怒り、妹を傷
つけられた怒り、そしてアース神族の全てを裏切ったこの男を許すつもりは
無かった。

 だからこそ彼は掟を破り、グラストヘイム宮殿へと足を踏み入れた。

「ヴィーダル、父上の下に行け。この男は俺が倒す」
「お兄様…っ!」
「大丈夫だ、俺は────負けない」
 兄であるヘイムダルがニカッとヴィーダルに笑いかけた。ヴィーダルは邪
悪な力を振りまくロキと対峙する親愛なる兄であるヘイムダルを信じた。大
丈夫───お兄様があんな奴に負けるはずない。


 ヘイムダルとロキが激しい戦いを開始し、ヴィーダルは戦火をくぐりぬけ、
父であるオーディンの下、ヴァルハラ宮殿にたどり着いた。ヴィーダルがた
どり着いた時、そこで見たもの───は。

 「氷狼」フェンリルに喰われる父、オーディンの姿だった。

 五体はばらばらにされ、惨たらしい有様だった。

「あ、あああああうぁぁ…ああああああああああっ!!!」
 激情が身体を駆け巡る。あれを殺せと身体中が命令する。ヴィーダルは
怒りに任せてフェンリルに飛び掛った。フェンリルは力の感じられないこの
アース神族を侮っていた。それが───フェンリルの死につながった。

 ヴィーダルの持つ潜在能力は全てに勝っていた。

 フェンリルを傍らにあった剣で貫く、斬り裂く、八つ裂きにする。

 フェンリルが「これ」がやばい相手だと気づいた時には時すでに遅く、

 決着はついた。

 泣き崩れた彼女に追い討ちをかけるように、兄ヘイムダルと巨人族の総大
将ロキが戦っているはずのグラストヘイム宮殿が崩壊を開始した。激しい戦
火により世界樹イグドラシル自体が崩れ始めているのだ。イグドラシルの頂
点にあるアスガルドの中枢であるグラストヘイム宮殿の地盤が崩れ落ちて
いく。はるか下にある世界、ミッドガルドへと。

 グラストヘイム宮殿が轟音とともにミッドガルドに墜落する。

 そこは───後にゲフェンと呼ばれる場所であった。

 そして考えなくてもわかる。

 中にいた者たちは───即死だろう。

 無論、愛すべきもう一人の兄、ヘイムダルも。

 そして現れる紅蓮の大魔神が「戦乙女」たるヴァルハラにいるヴァルキ
リー達を焼き尽くしていく。炎の国ムスペルヘイムの王、「炎獄王」 スルト
である。そして軍勢を率いて現れる死者の都ニブルヘイムの女王、「死の
女神」 ヘラ。すでにアース神族の敗北は確定していたのだ。



 そんな時だった。

 ヴァルハラ宮殿で父の肉片を抱え、死を受け入れ、終焉の時を静かに待
つヴィーダルの元に翼が舞い降りた。それは父であるオーディンが鷹狩り
の相棒、鷹のガイストだった。

 ガイストは問うた。

 ヴィーダルがどうしたいかを。

 何をするために、何が必要なのかを。

「私は───こんな戦いを終わらせるための力が欲しい」

 もう誰も失いたくない、失わせたくない。

 ガイストはヴィーダルの想いに答えた。

 この神魔の戦いと同じ名を冠する力『ラグナロク』を。





 神々を穿つ一条の閃光を。





 スルトが全てを焼きつくす紅蓮の魔剣「レーヴァンテイン」を振りかざす。




  




 スルトは───消滅した。ヘラが軍勢に命ずる、ヴィーダルを殺せと。だ
が、ヴィーダルはその軍勢の中を潜り抜け、ヘラの頭蓋に向け、弓を引き
絞った。ヴィーダルの裂帛の気合い、ヘラの絶叫が響く。




  




 ヘラが消滅した。まだ───幹部クラスが消滅した所で巨人族が残ってい
る。弓を引き絞る。『ラグナロク』の引き金たる「ルドラの弓」を。
 そして戦いは───ヴィーダル一人を残し、全ての生命が消え去ることで
終焉を迎えた。だが神魔の力のぶつかり合いは人間達の世界であるミッド
ガルドにまで影響を与えていた。神と魔、双方の死の力を吸い、ある化け物
がミッドガルドに誕生しようとしていたのだ。


 「死者の王」 ロードオブデス


 存在しないのに存在するもの。完全なるイレギュラー。ロードオブデスは
神魔双方の死者の魔力全てを体内に宿し、強大な大破壊を世界にもたら
そうとしていた。

 させない────────っ!

 ヴィーダルとロードオブデスの戦いがはじまった。だが死という無限にも
等しい力を前にヴィーダルは次第に押されていった。

 だが、負けられない。

 今を生きている人たちがいる。

 護る。

 護り抜く。

 絶対に、護り抜く。

 ヴィーダルは人を愛していた。

 だからこそ───もう失いたくない。

 ヴィーダルは己が神の力を全て「ルドラの弓」へと収束させていった。こ
の方法は神としての力を失うだろう、だがそれでもいい。神はこの世界に必
要ない。人は自分の意思で歩んでいける。ただ───見守るだけでいい。




  




 それが「神」として彼女が放った最後の『ラグナロク』。その力ですら、ロー
ドオブデスを滅ぼすことはかなわなかった。が、ヴィーダルはロードオブデス
を今は亡きニブルヘイムの女王ヘラが統括する死者の都「ニブルヘイム」へ
と押し返し、強大な封印を施した。そして世界の崩壊がはじまった。アスガル
ド、ムスペルヘイム、ヨトゥンヘイムは全てを飲み込む奈落『ギンヌンガガッ
プ』へと飲み込まれていった。残った世界はロードオブデスの力のみで現世
に顕現している死者の都「ニブルヘイム」、そして人間の世界「ミッドガルド」
だけとなったのだ。

 これが俗に言う神魔の最期の戦い「Ragnarok」

 「神々の運命」である。

 ◆

 ヴィーダルは最後の『ラグナロク』を放った際、神の力を失った。力は人間
と同程度、だが寿命は無限という存在になってしまった。彼女は人として生
きることを決意したが、寿命が無いのでは怪しまれる。よって鷹のガイストと
ともに世界を転々とした後に、後にルーンミッドガッツ王国の首都プロンテラ
と呼ばれる街が建設される土地より北、ミョルニール山脈の奥地にひっそり
と住まうことにした。

 彼女はそこで人々を見守ることにしたのだ。

 この世界にただ一人残った神として。

 神の名を捨て、人の名を名乗り。

 ◆








 刻が流れた。








 ◆

 彼女はいつものように飲み水を汲むためにいつもの小川へと移動すると、
そこに一人の男が倒れていた。ひどい傷だ。全身に裂傷がある。彼女は慌
てて自分の住む小屋にその男を運び込み三日三晩、不眠不休で手当てを
した。4日目の朝、その男は目を覚ました。
「うおおお、「魔族の帝王」バフォメット、なんて強さだ畜生」
 その男の最初の一言はそれだった。そしてその男は手当てをしてもらった
ことにすぐ気付き、彼女に礼を述べた。しかし彼女は呆れてモノも言えない
状態になった。バフォメットと言えば、かの「Ragnarok」に参戦しなかった巨
人族の末裔、現在の魔族を統括する王だったからである。そんなものに人
の身でケンカを売ったというのかこの男は。だが、その理由が凄まじかった。
「いや腹が減ってな、「魔族の帝王」っていうから豪勢なモノ食べてそうだし。
ちょっと分けてもらおうと思っただけなんだがな」
 あまりにも豪快なこの男に彼女は驚いた。

 そして男は言った。
「手当てしてくれてありがとうな。おっと、そう言えば名乗ってなかったな。俺
の名はラクール。ラクール=フレジッドだ」
 彼女───ヴィーダルもまた自己紹介をすることにした。


「私の名は、マリア=ハロウドです」


 2人は後に激しく愛し合い、やがてマリアの中に1つの命が宿ることとなる。

 物語は─────ここからはじまった。

 [続]



〜あとがき〜
第3部開始でーす(=゚ω゚)ノ
次回予告、情報を得るために「魔法都市ゲフェン」にやってきたレイ達。
そこでレイ達はある噂を聞く。ゲフェンには夜な夜な殺人鬼が現れるという。
それに出会った者は自分に殺される悪夢を味わうというが────


〜登場人物紹介〜
●ヴィーダル(マリア=ハロウド)
性別:女
後のレイの母となる女性であり、アース神族の最後の一人。

●ヘイムダル
性別:男
ヴィーダルの兄にして、人に戦う術を教えた神。
人の血を半分引いている。ロキと相討ちになった。

●バルドル
性別:男
ヴィーダルの兄にしてアース神族の後継者だった。
ロキに殺害される。

●オーディン
性別:男
「Ragnarok」においてフェンリルに敗北。ヴィーダルの父。

●ヴァルキリー
性別:女
「戦乙女」ヴァルキリーのリーダー。
ヴァルキリー達は「炎獄王」スルトに全滅させられる。

●トール
性別:男
「雷神」の異名をとるアース神族の英雄の一人。
神器ミョルニールを所持していた。ヨルムンガンドと相討ちになる。

●チュール
性別:男
「剣神」の異名をほしいままにする剣の達人。
ガルムと相討ちになる。

●ロキ
性別:男
神魔の最期の戦い「Ragnarok」を引き起こした張本人。
ヘイムダルと相討ちになる。

●スルト
性別:男
炎の国ムスペルヘイムの王。ムスペルヘイムは「Ragnarok」で消滅。
ヴィーダルに倒された。

●ヘラ
性別:女
死者の国ニブルヘイムの女王。ヴィーダルに倒された。
ニブルヘイムと世界の境界はどうなっているか不明。

●ヨルムンガンド
性別:男
超巨大な世界蛇、トールと相討ちになった。

●ガルム
性別:男
地獄の番犬、チュールと相討ちになった。

●フェンリル
性別:男
巨人族最強の化け物。
「氷狼」と呼ばれ、並ぶものがない力を持っていた。

●ロードオブデス
死者の力を取り込んで誕生した謎の存在。
ヴィーダルが死者の都ニブルヘイムに追い返した。


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