前へ  小説目次へ  次へ

Ocean's Blue

065:壊れた絆

 「ギルド攻城戦」の祝勝会があった日の夜、フィリはレイの姿を見つけ、レ
イ元に駆け寄った。すると突然レイに抱きしめられて驚いた。

「いつでも俺はフィリの事を大切に想ってるよ」

 レイが何を思ってそんな言葉を言ったのか、その時は考えもしなかった。
ただ、レイがいてくれればよかった。ずっと傍に、ずっと一緒に。

 ◆

 広がりゆく血溜まり、その血溜まりの上にフィリの愛する人が立っていた。
口唇から血を流し、静かにその場に存在していた。

 レイ=フレジッド

 フィリの姉であるミリアを斬り伏せた凶刃たるファイアーブランドとアイス
ファルシオンを隠そうともせず、目を伏せるのみ。

 ミリアを斬ったのはレイ。

 では数多の犠牲者をだしたゲフェンの殺人鬼とは───

 バシィィ!!

 フィリの手がレイの頬を叩く。レイの身体がよろめき、その拍子にレイの懐
から小さな箱が地面に落ちた。それを踏みつけ、目に涙をためながら、裏切
られた悔しさを胸に抱えながら、フィリが叫んだ。
「消えて…っ!もう2度と…私の前に現れないで!」
 レイは静かに目を開けた。その視線はフィリの背後───はるか向こうに
存在し、この状況を観察していた『幻影』ウェルガ=サタニックに向けられて
いた。ウェルガは己の存在に気づいたレイに対し嘲笑を浮かべ飛び立つ。

 グラストヘイム古城へと。

 そしてレイもまた身を翻す。とめようがない憎悪を自分に向けるフィリに背
を向け、その場を去る。すぐさまフィリはイアル達とともにミリアの治療に専
念する。即死ではない、まだ助かるかもしれない、いや、助ける!!

 ◆

 壁に叩きつけられ沈黙したジュニアとエリカから視線を外し、ディスクリート
が口元に笑みを浮かべる。
「面白い…実に面白い」
 敗北を喫したジュニアがその言葉に反応する。
「面白い…だと?」
「ああ、面白い。いや…これからさらに面白くなるな。人が壊れる様を見るこ
とができるのだからな。そして、「神々を穿つ一条の閃光」は使い手を喪うこ
とになるだろう」
「レイに何をするつもりだ…!」
 ジュニアの叫びに、ディスクリートが目を伏せた。
「「神々を穿つ一条の閃光」は使用者の大切なモノを奪うそうだな?」
 ディスクリートが笑いを押し殺しながら呟いた。
「ならば──失うモノが何もない使用者が放つとどうなるかわかるか?」
 まさか───
「これ以降は私も手をださないでおこう。好きにするがいい。だが、もう止め
られるとも思えないが」
「止めますよ」

 次の瞬間、エリカの神速の抜き打ちがディスクリートの首を──

 ガギィィィィ!!

 ディスクリートがエリカの剣を右の手で握り締め止める。血など流れず、
ただ止めるのみ。左の拳を振り上げ、ディスクリートが笑った。
「惜しくも何ともない。出直せ」

 ドガァァァン!!

 殴り飛ばされたエリカの身体が30メートルは吹き飛び、落ちる。動かない
──気を失ったようだ。ディスクリートはこの間からもジュニアから視線を外
さず、隙を見せない。ジュニアの付け入る隙などない。ディスクリートは去り
際に一言ジュニアへと忠告した。
「ジュニア=サイドライク、君もまた「死」の運命を隠し切れない。君に終末を
与える相手に出会うのはそう遠くはないだろう。君の「死」もまた運命だ」

 ザァ…

 ディスクリートの姿が闇の中に溶け消えた。

 ◆

 旅館イフリートの一室───

「お帰り」
 先ほど目を覚ましたラクールはただ一人、ミリアの返り血を浴びて戻って
きたレイに声をかけた。返り血についてラクールは何も言わない。
「…」
 レイは何も言わず準備を進める。各種ポーションから、万能薬まで──
「独りでどこへ行くつもりだ」
 ラクールは淡々と作業を進めるレイに、隠し切れない憎悪の炎を瞳に燃や
すレイに問いを投げかけた。レイは一瞬作業の手をとめ、そして言った。

「グラストヘイム」

「…」
 ラクールがレイの横顔を、心身ともに疲れ切っている息子の表情を見つ
めた。そして自分の不甲斐なさにため息をついた。
「何が『七英雄』だ…『螺旋の王』だ…、息子が一番苦しいときに安眠してた
とは情けねぇ…クソ…」
「親父は悪くない。悪いのは───」
 俺…と言いかけて、レイはすぐさまそれをやめた。悪い奴が誰かなど当
にわかっている。自分はこれからその元凶を倒しにいくのだ。
「付き合うぜ」
「オヤジ、これは俺の──」

「違うな。これは元々俺たち2人の旅だったはずだ」

 自分の言葉を遮り言葉を発したラクールにレイが驚きの表情を浮かべた。
「決着をつけにいこうぜ、グラストヘイムによ」
「───ああ」
 レイは父の言葉に静かに頷いた。

 30分後、2人の姿が魔法都市ゲフェンから消えた。

 向かうはグラストヘイム古城、「闇の眷属」の総本山。

 全てに決着をつけよう───

 「神々を穿つ一条の閃光」をもって。

 ◆

 「旅館イフリート」にミリアを連れて戻ったフィリとティアがあらゆる手を尽く
しミリアを救おうと尽力する。だが血は大量に流れ出て、今にも息絶えても
おかしくないほどの怪我を負っている。旅館の主人もあわてて医者を呼び
にいっている。

 レイが負わせた傷がミリアの命を奪おうとしている。

「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」
 泣きじゃくりながらミリアの治療を続ける2人の妹。イアルは2人の治療の成
功を信じながらラクールの姿を探した。だが、ラクールの姿はすでになく、部
屋はもぬけの殻だった。彼の武器、旅装束も消えている。
「どういうことだ…俺たちを本当に裏切ったのか…レイ…」
 哀しみ、悔しさに満ちた言葉をイアルがもらす。

 どさ…

 何か物音がした。どうやら旅館の入り口でしたようだ。イアルは気になり旅
館の入り口まで駆けた。するとそこには満身創痍のジュニアとエリカが倒れ
ていた。エリカは完全に気を失っており、ジュニアがここまで運んだらしい。
「おい!大丈夫か!」
 イアルの声にジュニアが苦笑を浮かべながら答えた。
「僕より、エリカを…」
「わかった!ちょっと待ってろ!」
 フィリとティアはミリアにかかりきりだ。自分でやるしかない。だが──

 誰がこの2人をここまで痛めつけた─────

 ジュニアに勝てる奴は世界中見渡してもそう多くはないはずだ。イアルが
思いつくだけでも数人、レイ=フレジッド、アイフリード=フロームヘル、ロウ
ガ=ブラスト、ラクール=フレジッド、そしてあのフェイトという男ぐらいでは
ないだろうか。無論強さをみたわけではないのでウェルガ=サタニックなど
もかなりの実力を有していると思うが…それでもジュニアに勝てる者は限ら
れる。ましてやエリカが援護についていたのだ。一体誰が。
 2人が受けている攻撃のほぼ100%が打撃だった。つまり、拳だけの敵に倒
されたということになる。と、なると思いつくのは「皇帝の十字架」の『七近衛』
のキスク=リベレーションだが、あの男ではジュニアには勝てないだろう。ま
してや彼は敵ですらありえない。

 だが今やるべきはこの2人の治療である。イアルは治療に専念した。

 ◆

 雨が降り始める。

 レイとラクールはグラストヘイムへと向かう。

 ◆

 数時間後

 ミリアが───意識を取り戻した。

「お姉ちゃん…よかった…」
 泣きじゃくりながらミリアにしがみつくティア、ほっとして全身の力が抜け、
その場にへたりこんだフィリ。
「フィリ…ティア…私は…」
 ミリアが静かに2人に尋ねた。
「お姉ちゃんはレイに斬られたの…!レイに…!」
 目に涙を浮かべながらフィリが声を絞り出した。
「レイとラクールさんは旅館のご主人さんによると、さっきグラストヘイムの
方角に向かっていったって…」
 ティアが先ほど、血まみれのレイに恐れをなした旅館の主人から聞きだ
した話を呟いた。
「レイなんていなくなればいいんだ…いなくなれば!」

 その言葉を聞いたとき

 ミリアは考えられる中で最も最悪な事態に陥っていることに気がついた。

 フィリは、皆は、誤解している。

 思い違いで───レイを死なせようとしている。

「違うのよフィリ…」
 フィリがミリアに視線を向ける。
「ゲフェンの殺人鬼は…私なの、私がゲフェンの人たちを殺したの」
「────」
 フィリとティアが息を呑んだ。

 ミリアは語る───

 レイとミリアの、ゲフェンの夜での邂逅を。

 ◆

 雨はやまない。

 レイとラクールはグラストヘイムへと向かう。

 グラストヘイム古城の外観が遠く、見え始めた。

 ◆

「やっぱり…貴方なんだ」
 ミリアの瞳に哀しみが浮かんだ。
「レイ君」
 闇夜を染め上げる鮮血の月夜を背にレイは静かに両手に持った宝剣をミ
リアに向けた。レイが哀しげな表情をミリアに向けた。
「ええ、ミリアさんを止めるのは俺です。フィリに辛い思いはさせたくない」
「あなたは平気なの?」

 レイとミリアの身体にはそれぞれ十字架が浮かび上がっていた。

 「ユミルの十字架」───殺戮を呼ぶ「七つの大罪」の十字架が。

 抑えきれぬ殺戮衝動を呼ぶこの十字架にとらわれ、ミリアはゲフェンで殺
戮を繰り返したのだ。闇の中で己が力をもって次々と殺した。
「俺には『ラグナロク』がありますから」
「…ああ、そっか」
 ミリアは納得したように呟いた。レイの放つ『ラグナロク』は神と神に近づい
た者を撃ち滅ぼす滅殺の力。すなわち、魔族の最高峰たる巨人族──さら
にその中でも巨人族の母と呼ばれたユミル。その干渉を受けないのは当然
のことである。レイは「ユミルの十字架」の影響を受けないのだ。

 だが、ミリアにはそれに抗う力はない。

 ただ、「暴喰」の十字架にとらわれ、人々の命を喰らうのみ───

「いつ気づいたの?」
「気づいたのは俺たちがゲフェンにきて3日目です。炎の武器と氷の武器、
こんなものを用意できる使い手が他に考えられませんでした」
「───」
 ミリアは苦笑を浮かべた。

 その昔、アルベルタで動乱が起こった。それを鎮めたのはアルベルタの
豪商グロリアスの初代当主だった。初代当主とその弟にはそれぞれ特殊
な力があった。

 武器を自在に創り出す力────

 武器を極限まで鍛える力────

 初代当主の生み出した武器を、その弟が極限まで武器精錬する。それら
の武器をもってアルベルタの動乱を鎮めたのだ。その能力は代を重ねるご
とに次第に薄れていったが、ミリアはその能力を突如開花させたのだ。

 「ユミルの十字架」がミリアの力を開花させたのだ。

「よくアルベルタ動乱から私に推測がいきついたわね…さすが妹の想い人」
「それに、お互いに十字架を持っていたということもあり、共鳴──とでも言
えばいいのか…ミリアさんを見つけるのは簡単でした」
 ミリアが疑問を口にした。
「なんで私って気づいたときにすぐとめなかったの?」
 レイが哀しげに目を伏せた。
「俺は…ミリアさんじゃないって信じたかった…」
 その言葉でミリアは失言に気づいた。当たり前のことだったからだ。だがミ
リアが殺したのだ。己が生み出した炎の剣で、氷の剣で、大地の槍で、風の
弓で、殺したのだ大勢の人を。

 もう話すことはないだろう────

 ミリアは話を切り出すことにした。
「レイ君、私を斬りなさい」
「な…」
「こんな事頼めるのはあなたしかいないの。フィリやティアに…姉を殺させる
ような真似したくない。この後に及んで家族のことしか考えてなくてあなたは
呆れるかもしれない。でも、お願い。私を──斬って」
「く…っ!」
 レイは口唇を噛み締めた。血が流れ出るのにも気づかないほど。

 そしてレイは斬った、ミリアを。

 全ての罪は自分が背負う。

 ごめん───────フィリ。

 ◆

 ミリアの話が終わった─────

 フィリには理解できなかった。いや理解したくなかった。

 だがこれが真実

 レイは誰のためにミリアを斬った─────

 私に辛い思いをさせないために

 レイを信じられなかったのは誰─────

 私はレイを信じなかった

 レイを拒絶したのは誰─────

 消えてとレイに言葉を叩きつけた

「お姉ちゃん…これ」
 ティアがおそるおそるフィリに小さな箱を渡した。レイの懐から落ち、フィリ
が踏みつけにしたあの箱だ。中には指輪と、手書きの文字が書かれた小さ
な紙が入っていた。

 「Happy Birthday!フィリ!旅が終わったら一緒にアルベルタに帰ろう!」

 レイは誰の事をいつも大切にしていた─────

 レイは私のことをいつも大切にしてくれていた

 レイはどこへと向かった、誰のせいで死のうとしている。

 私のせいでレイが死のうとしている

 レイはあの日何と言ってくれた─────


「いつでも俺はフィリの事を大切に想ってるよ」


「ゃ…」
 フィリの口からかすれた声がもれた。そしてそれは涙とともに叫びとなる。
「いやあああああああああああああああああァァァァァァァ!」
 嫌だレイが死ぬなんて嫌だ好きだ今でもレイの事が好きだ大好きだ。い
なくなるなんていやだ一緒にいてほしい傍にいてほしいずっといてほしいレ
イレイレイレイレイ私のせいで私のせいで私がレイを信じられなかったから
レイは私のことを大切にしてくれていたのに想ってくれていたのに好きだ愛
してるいかないで嫌だ死なないでレイ死なないで嫌だ嫌だレイレイレイレイ
レイレイレイレイレイレイレイレイレイレイレイ──────

 真実を知りフィリが─────壊れゆく。

 ◆

 グラストヘイム古城に足を踏み入れる。

 修道院、そして騎士団領、その向こうに巨大な城が存在している。

 その古城───遥か過去、アース神族の主神オーディンが座っていた玉
座には現在───フェイトが座っていた。フェイトの口元に笑みが浮かぶ。
「ようこそグラストヘイムへ。歓迎してやれ」
 玉座の前には6名、ロウガ=ブラスト、セレス=ドラウジー、シリウス、ミサ
キ=リフレクト、ハウゼン=フロームヘル、そしてウェルガ=サタニック。

 ハウゼンが声をあげる。
「やれ!2人の英雄を殺し!我らが大命へと!駒を進めるのだ!」
 その瞬間、グラストヘイム中の魔物が咆哮をあげた。

 決戦が始まる。

 ラクールは愛用のハルバードを、レイは両手にそれぞれ宝剣を。ラクール
が息子に尋ねた。昏い憎悪を瞳に浮かべる息子に向かって。
「いけるか?」
「ああ…」
 レイが宝剣を静かに構えた。向かい来る魔物たちを見据え。
「全て───殺してやる」

 ◆

 死を体現する男、ディスクリート=イノックシャースはジュニアに言った。
「与太話と思うならそう思えばいい。「死」は誰にでも訪れる。そして君の仲
間には恐るべき「死」の気配を感じさせる者がいる。近いうちに君の仲間の
一人は、殺戮を繰り返した後、滅びの時を迎えるだろう」

 [続]


〜あとがき〜
自分の小説に鬱病にさせられそうな俺エルメスガイル。
次回予告ちょっとだけ。レイvsウェルガ!


前へ  小説目次へ  次へ

トレントの樹海TOPへ

広告 [PR]スキンケア  転職 化粧品 無料 ライブチャット