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Ocean's Blue

077:幻想の島コモド

 レイは英雄なんかじゃなかった事を知っているのは私だけだと思う。

 「幽鬼なる海魔」ドレイクを討ち果たし「神雷」と呼ばれたレイ、

 だけど彼はいつだって、死を恐れていた、戦うことを恐れていた。

 そして、弱い心を必死に見せずに前に進んでいた。

 ドレイクを倒し、レイが弓を引けなくなり、彼と一緒にアルベルタで暮らした
時期があった。あの時もレイは時折、涙を目に滲ませ、すがりつくように、救
いを求めるように私を抱きしめたこともあった。

 彼はいつだって誰かのために戦っていた。

 震える魂を、折れそうになる心を、己の強さにかえて、

 想いを────────力にかえて────────────

 ◆

「レイ!」
 フィリがはねられたようにベッドから跳ね起きた。ベッドの脇にはフィリの妹
であるティアが目を潤ませながら座っていた。
「お姉ちゃん…っ!」
「ティア…?」
「おねえぢゃああああああん!!!」
 すがりつくように泣くティアを抱きとめフィリがティアに質問する。
「ティア、どうしたの?大丈夫?」
「おねえぢゃああああああああああん!!!」
「ティア!ティアってば!」
「おねえぢゃあああああああああああうああああああああん!!!」
「…」
 フィリは目をつぶって拳を振り上げると、泣きじゃくるティアの脳天に拳骨
を振り下ろした。

 がづ!

「おねえぢゃはぐぎゃっ!」
 フィリはティアに満面の笑みを向けて言った。
「ティア、どうしたの?ちゃんとわかる言葉で話してね」
「あ…あうあう。だってお姉ちゃん1週間も起きないんだもん…このまま起き
ずに老けていくのかとホントに心配しちゃったよぉ…」
「もう一発いっとく?」
「ごめんなさい」
 フィリは自分が寝ていた部屋を見渡すと、ティアに質問した。
「ところでここ…どこ?随分と気温が高い気がするんだけど…」
「お姉ちゃん驚かないでね、ここコモドだよ」
「…は?」
 コモド──「幻想の島」コモドと呼ばれる島が存在する。ルーンミッドガッツ
王国の南西方向にある「砂漠の都市」モロクよりもさらに南西、20年前の大
戦、「トリスタンの悪夢」での激戦区の一つ、「砂漠の大要塞」サンダルマン
要塞跡を越え、さらにパプチカ森林帯を越えた先にある、洞窟を抜けた先に
あると言われている。とてもとても遠い場所なのである。
「なんで…そんな所に…」
 自分達はグラストヘイム古城にいたはずである。コモドは位置が違いすぎ
る。はっきりいってワープしたとしか思えない。
「…まさか」
 フェイトに追い込まれ、最後に己の内から魔力が湧き出たような気がす
る。あの時に20年前失われた魔法であるワープポータルが発動したとした
ら?それならばまだ辻褄は合うが、今度はワープポータルが発動した理由
がわからない。レイ=フレジッドの母であるマリア=ハロウドが放ったラグナ
ロクの副作用で世界中の空間が歪んだため、ワープポータルは使用できな
いはずなのだ。ラグナロクの力は神の力であり、神の力を上回る力でなけれ
ばその定義は覆せないはずである。

 ガチャ…

 フィリの考えを遮るように部屋の扉が開いた。中に入ってきたのはエリカ
だった。フィリはエリカの顔を見た瞬間、親友の無事を安堵した。
「エリカ…無事だったんだ」
「フィリさんもご無事で何より、イアルさんもジュニアもラクールさんも無事
ですよ。それに…レイさんも」
「…っ!」
 一番聞きたかった名前の無事を知らされ、フィリの目から涙が溢れた。
「レイさんとラクールさんはまだ眠ったままですが、先日の戦闘での負傷で
命を失うといった心配はもうないそうです。この島の方々にお礼を言わない
といけませんね」
 エリカの言葉にフィリが涙をぬぐいながらコクコクと頷いた。
「レイに会いたい、レイの所に連れて行って」
 フィリは心の底からの言葉をエリカへと投げた。エリカはニッコリと頷き、
フィリの手をとった。

 ◆

「俺達、何で無事だったんだろうな」
 「幻想の島」コモドに面した海岸に寝そべったままイアルがぼやいた。隣
で座り込んでいたジュニアが空を見上げた。
「めぐり合わせとしか思えないけどね。僕にもイアルにもまだやることがあ
るんじゃないか?」
「やること…か。だけどよ、あれの相手はさすがにキツいぜ」
「…だね」
 イアルもジュニアもコモドに運び込まれたときには凄まじい重傷であった。
コモドの住民の献身的な介護がなければ2人とも命を落としていたことだろ
う。それほどに魔王の力は圧倒的だった。

 「古の黄金王」オシリス、魔軍七大勢力「古の眷属」を率いる魔王

 「世紀末魔王」オークロード、魔軍七大勢力「亜の眷属」を率いる魔王

 あんなものに対抗できる人間は世界でも数名しかいないだろう。風の噂で
プロンテラをフェイトが制圧し、世界を支配下に置き始めているという話も耳
に入ってきている。国王、ヴァン=トリスタン=ルーンミッドガッツV世は幽閉
され、もはや勝敗は決しているにも等しい。

 と、ジュニアが目を伏せてイアルに声をかけた。
「…イアル」
「…ああ、気付いてる」
 フィリ達が休んでいる宿に向かって姿を隠し、気配を消して、一直線に向
かっている影がいることを察知したのだ。
「どうする?」
「僕が先に仕掛ける」
「了解」
 短いやり取り、長いこと一緒に戦ってきたため、それだけでお互いのやりた
いことがわかるのだ。

 ジュニアが動いた瞬間、その影は飛び退った。
「…そちらも気付いていたわけだね、逃がさないよ」
 ジュニアの口元に笑みが浮かぶ。空中で交錯するとともに、その影はジュ
ニアと斬り結ぶのを避け、一直線に宿を目指し始めた。
「イアル!そいつ暗殺者だ!」
 ジュニアの叫び、イアルがその暗殺者に並走して走る。
「おいおい、誰か知らないけど、これ以上進ませるわけにはいかないな」
 暗殺者が短剣を引き抜き、構えをとる。
「ソウルブレイカー」
「ッチ!」
 イアルが身体を横にそらすとともに衝撃波がイアルが今しがたいた場所を
薙ぎ払う様に貫いた。暗殺者はあくまで交戦を避ける気なのか、イアルに一
瞬体当たりをした後、イアルを越えるように跳んだ。
「遅いよ」
 が、そこにジュニアの放った無数の大鎌が炸裂した。
「がは…っ!」
 暗殺者が呻き声をもらしながら落下し、落下地点でイアルが暗殺者の胸に
手のひらを押し当てた。
「双竜」

 ドゥン!!

 「皇帝の十字架」ナンバー2と言われていたライジング=ボーンドが得意と
していた衝撃技がその暗殺者を吹き飛ばした。たまらず倒れ伏し暗殺者が
呻きをもらした。
「俺は…こんな所で倒れるわけに…は…」
 ジュニアがそこで気がついた。この暗殺者、傷だらけである。自分達との
戦闘の前にどれほどの敵と戦ったのだろうか。それにこの暗殺者、アサシ
ンではない。アサシンクロスだ。
「姫に…これを…とどけるまでは俺は負けられぬ…」
 暗殺者がよろめきながら立ち上がる、退くつもりはさらさらないようだ。
「何を勘違いしているか知らないが、この先には俺達の友人しかいない。怪
我している奴もいてな、これ以上先に進ませるわけにはいかん」
 イアルがその暗殺者にそう言い放った。
「く…そ……あともう少しだというのに…ぐっ…」
 暗殺者が傷に耐え切れず蹲る。
「フィリ…王女…フィリ=グロリアス様…」
「「…っ!?」」
 暗殺者が意識を失うとともに、ジュニアとイアルがその言葉に顔を見合わ
せた。

 ◆

 ぐがぉーぅー

 ぐがぉーうー

 ごごごごぐおおおおおぉぉぉぉぉぉ

 部屋に近づくにつれ、怪獣が寝ているかのようないびきが聞こえる。多分
ラクールだ。というかラクール以外ありえないだろう。
「レイさん、ラクールさん、失礼します」
 ガチャリと音を立てて、2人が寝ている部屋に入ると、そこにはボリボリと
腹をかきながら寝ているラクールと、レイの姿がフィリの視界に入った。
「レイ…!」
 レイは死んだように眠っているが、温かみを失っていない。

 レイが生きている。

 それだけで十分だった。

 フィリはレイの手を取ると自分の頬を押し付けた。
「ごめんね…レイに謝りたいこと、言いたいことたくさんあったけど…言葉が
でてこないよ…ほんとにごめん…」
 溢れる涙をぬぐいもせずにフィリは泣いた。

 エリカとティアがフィリのそんな姿を見て、瞳に涙を浮かべた。

 想いは消えない、誰かが誰かを想う限り、それは永遠に続いていく。

 そして、その想いが通じることを、人は奇跡と呼ぶのかもしれない。



 レイの目が…うっすらと開いた────────



「…っ!」
 フィリが溢れ出そうになる想いをこらえ、最初の言葉をしぼり出そうと努力
する。言葉にならない言葉を形にしようとするがうまくいかない。
「レイ…あのね、レイ…」
 レイはにっこりとフィリに微笑むと静かに口を開いた。




「あなたは…誰ですか?」




 フィリの心を覆っていた最期の何かを壊す言葉がレイの口から漏れた。

 「神々を穿つ一条の閃光」は──レイの大切なものを「また」奪い去った。

 奪われたものは永遠に戻らない。

 永遠に戻らない。

 永遠に。

 戻らない。

 ◆

 ルーンミッドガッツ王国首都プロンテラ───

 少し前までは活気に溢れていた首都プロンテラも今では閑散とし、死と絶
望の空気に包まれていた。毎日のようにフェイトに対する反乱分子の処刑
が噴水前で行われ、人々の目には希望という言葉は無く、ただ無意味に死
を待つだけの無気力のみが支配していた。

 キー!

 奇声を上げながら一匹の魔物がプロンテラ城に入り込んでいく。巨大な
瞳に羽を生やした魔物、ビボルダーである。ビボルダーは一直線にある人
物の所まで飛んだ。

 「暗殺王」 ロウガ=ブラスト

 イアルの兄であり「七つの大罪」、「傲慢」の十字架を持ちしアサシンクロ
スである。ビボルダーはロウガの元で映像を展開した。そこにはコモドの
住人に運び込まれる怪我をしたフィリやイアルの姿が映っていた。
「…」
 ロウガの口の端に笑みが浮かぶ。ロウガは己の背後に立っている人物
に声をかけた。
「貴様もいくか?ウェルガ=サタニック殿。そろそろレイ=フレジッドにグラ
ストヘイムでつけられた腹部の傷も癒えた頃ではないかね?」
 レイ達の宿敵にして「闇の眷属」を実質上率いている大魔族、ダークイ
リュージョン、「幻影」ウェルガ=サタニックが静かに言葉を発した。
「そうだな…、あの男…レイ=フレジッドが守ろうとしたもの全てを奪い去る
のも一興といった所か。フィリ=グロリアスを「ユミルの聖杯」とし、残る全
ての仲間を殺し尽くす、殺し…尽くす、クククク、ハハハハッハハハハ!!」
「ならば急ごう。はやくいかねば、あの魔王に獲物をとられてしまうからな」
「なるほどな、サンダルマン要塞か。すぐに向かうとしよう」
 ロウガとウェルガの姿がその場から消え失せた。

 ロウガとウェルガの気配が消えた後、その場に一人の人物が姿を現した。

 フェイト=トリスタン=ルーンミッドガッツ四世である。

「永きに渡る願いの成就は近い。もうすぐ会える、我らが母、ユミル───」

 ◆

 「幻想の島」コモドより北西、サンダルマン要塞跡────────

 要塞跡…と言われたその場所は今は巨大な大要塞と化していた。

 「古の黄金王」オシリス率いる「古の眷属」の牙城。

 サンダルマン要塞の中枢にはオシリスが座し、「古の眷属」の全軍勢が
サンダルマン全域を徘徊していた。大地が蠢いているとしか思えないほど
の「古の眷属」の数、魔軍七大勢力の中で最も数が多いと言われている
眷属である。そしてその眷属の一端が南西に向けて動き出した。

 「古の黄金王」オシリスの命が下ったのだ。

「フィリ=グロリアスを捕らえよ、殺すな。が、手足を喰らう程度は許そう。他
の者は邪魔だ、すべての命を喰らえ、残すな。幻想の島を死島とするのだ」

 ウグオオオォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!

 「古の眷属」の咆哮、絶望的とすら思える数の魔物が移動を開始する。

 「幻想の島」コモドへと向けて────────

 ◆

 風が吹きさすぶ中、サンダルマン要塞を遠く見つめる一人の姿があった。

 死を体現する男、ディスクリート=イノックシャースである。

 魔法都市ゲフェンで間接的だがフィリ達を絶望へと落とし込んだこの男は、
さらなる死の気配に引き寄せられたのかこの場へと現れた。
「濃密な死の気配だ。また一人、誰かが欠ける…と言うことか」
 ディスクリート=イノックシャースが皮肉な笑みを浮かべた。

 [続]


〜あとがき〜
お待たせしました第3部の本編開始です。
次回予告、現実を受け止められず涙を流すフィリ。
さらに森の人グランにより己の出生を知らされ、さらに現実がのしかかる。
そして、ついに「古の眷属」がコモドに来襲する!


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