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Ocean's Blue

078:古の眷属襲来

 涙が枯れ果てるほどに泣いた。

 レイはまた一つ大切なものを失った。

 レイが失ったモノの名は「記憶」。

 記憶を失うことと人格の死は同義に等しい。そしてその記憶が戻ることは
ない。事実、レイは「ルドラの弓」限定で弓がひけるものの他の弓には触れ
ることができなかった。さらに20年前にマリア=ハロウドの「ラグナロク」に
よって歪められた世界の空間も未だ歪んだままである。

 彼の遺した遺志は無為に帰る────────

 レイ=フレジッドという男の終焉はあっけなく、無意味で、儚いものだった。

 涙が枯れ果てるほどに泣いたのに、まだ涙が止まらない。

 ◆

 沈鬱な空気が食堂の中に満ちる。

 フィリが目を押さえながら部屋を飛び出して行き、残されたティアとエリカ
はレイにぎこちない笑みで会釈した後、宿の一階にある食堂へと移動した。
そこにズタボロに痛めつけられた暗殺者をかついだイアルとジュニアが戻っ
てきて事情を説明したのだ。
「レイさんの記憶が戻る見込みは…あるんでしょうか」
 エリカが尋ねると、ジュニアが首を横に振った。
「難しいと思う。あれは神が人間に課したペナルティだよ。人の身でありなが
ら、その限界を超えた神の力を扱うことがどういうことかわかるかな。魔族で
ある僕から言わせてもらうなら即死もしくは即廃人にならなかっただけマシ
だと思えるぐらいだ…」
「…おねえちゃん」
 ティアがレイとレイを最も大切にしているであろうフィリに起こった不幸に涙
ぐんだ。イアルはティアを落ち着かせるように肩をポンポンと叩いた。
「それに…いつまでもここに…コモドに長居は出来なさそうだな」
「そうだね、現在の僕達は立場は逃亡者だ。フェイト達は血眼になって僕達
を探しているはずだ」
 エリカがイアルとジュニアの言葉を受けて口を開いた。
「そういえば、先ほど2人が運び込んだ暗殺者は一体何者ですか?お2人と
戦闘したような傷を負っていたように見受けられましたが…」
 エリカが食堂の隅で寝かせられている暗殺者を見やりながら2人に疑問を
投げかけた。ティアとイアルが傷の手当てをした後、暗殺者は死んだように
眠ったままである。
「僕とイアルは暗殺者が真っ直ぐにこの宿に向かっていたから、刺客の類と
判断したんだ。それで戦闘になったんだけど、彼が意識を失う前に一言気に
なる言葉を吐いてね」
「言葉?」
 ティアが尋ね返すとジュニアがコクリと頷いた。
「彼はフィリのことを王女と呼んだんだ」
「「──────っ」」
 エリカとティアが驚きの表情を浮かべた。

 王女───すなわち王国を担う王家の血筋

「シュバルツバルド共和国は大統領制だし、アルナベルツ教国だって王女な
んて存在しない。王家の血筋なんてものはこの世界に一つしか存在しない」
 ジュニアはそこで暗殺者の方を見やった。
「後は本人に聞いたほうがいいかもね、もう意識は戻っているよね」
 その言葉を受けて、暗殺者が傷の痛みに耐えながら起き上がった。が、ま
だ痛むらしくふらついた。ティアが慌てて支えた。
「うっく…もう大丈夫だ」
 ティアがその言葉を聞いて手を離した。
「おいお前、フィリが王女ってのは何の冗談だ?」
 イアルが咎めるようにその暗殺者に言った。
「冗談ではないと言ってもダメだろう。よって証拠を提示する」
 その暗殺者は胸元から一つの紋章を取り出した。

 ルーンミッドガッツ王国の王国紋章である。

「俺の名はグラン、コードネームは「森の人」。ヴァン=トリスタン=ルー
ンミッドガッツ三世の命によって動く王国の密偵だ」
 王国紋章を持てるのはこの国でも極限られた人物のみである。さらにその
人物の手を離れた瞬間、王国紋章は塵と化す。これはまぎれもなく王国の
密偵の証である。

 そしてグランはさらに懐より小さめの袋を取り出した。

 その袋から感じた力にジュニアが頭をおさえてよろめいた。
「…それは、まさか」
「ご推察の通りだ。これは王国にのみ伝わる神の宝」


────────────「神器」


「なるほど…信じざるを得ないようだね。本当に…フィリは王女なのか?」
 グランは目を伏せて答えた。
「ああ。16…いやもう17か、17年前にトリスタン三世の元に、双子の兄妹が誕
生した。お妃様は出産の時にお亡くなりになられたが…その時にレイ=フレ
ジッドの母であるマリア=ハロウドによってある言葉を託されたのだ」

『フィリ、もしくはフェイトのどちらかに、「この世を滅亡に追い込む超高位の
魔族」が顕現します。その存在が何かはわかりませんが、放っておけば必
ず世界は…』

 マリアの言葉を信ずるか、否か。彼女の未来視を信じるか、否か。

 トリスタン三世は悩み、苦しみ抜いた。

 そして、国王が出した答えは「2人とも殺せない」だった。

 だからこそ、フィリをグロリアス商会に預け、

 だからこそ、フェイトをリフレクト劇団に預けた。

 トリスタン三世に自分の子供を殺すことなどできなかった。その気持ちを、
グロリアス商会もリフレクト劇団も、どちらもトリスタン三世の親としての気
持ちを汲んでくれたのだ。命をかけて、親の愛情を汲んでくれたのだ。

 それが17年前の真実───────



 ガタ…



「「「!!」」」
 物音とともに誰かが宿の外に飛び出していった。
「お姉ちゃん…!?」
 ティアが飛び出していった人物がフィリと気がついた。ジュニアが悔しそう
な表情を浮かべる。
「聞かれたみたいだね、今の話はフィリが背負うには重すぎる」
「とにかく探すしかないでしょう」
 エリカが言うとイアルがグランに向けて言った。
「俺達はフィリを探してくる。あんたはここで休んでてくれ」
「わかった、座して待たせてもらおう」
 グランは待つ、この国の王たる証とともに。

 ◆

 なんで──────

 闇雲に走る、わけもわからず走る。

 なんで──────

 足がもつれ倒れる、海岸沿いだったため、フィリは水の中に倒れた。

 なんで──────こんなことに──────

「うっ…う…」
 涙が止まらない。これは自分が背負うべき罪、レイを信じ切れなかった
己の罪。まだ神が存在するとしたならば神が自分に課した罰なのだろう。

 フィリは蹲って泣いた。

 自分の出生を知りたいと願って最初は旅に出た。

 実の父は国王であるトリスタン三世だという。

 実の母はもう死んでいるという。

 実の兄、双子の兄はあの悪鬼のようなフェイトだという。

 自分は本当は王女だという。

 そしてレイの記憶はもう────────────



 ザ…
 


 砂浜に誰かが立つ音。

 フィリがゆっくりと顔を上げると、

 そこにはレイが立っていた────────────

 ◆

「フィリーーーーーーーーーーーー!!」
「おねえちゃああああああああーーーーん!!」
「フィリさああああああああああん!!」
 イアル、エリカ、ティアの3人の声が幻想の島コモドに響き渡る。遅れて
ジュニアがやってきて、コモドを囲む3方向の洞窟、東洞窟マオを見据えた。
「ジュニア?」
 エリカがジュニアの様子がおかしいことに気付いた。イアルとティアもまた
ジュニアの方を振り返った。ジュニアは東洞窟マオから視線を逸らさず、一
言呟いた。
「────────────来た」



 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアア!!

 次の瞬間、東洞窟マオから────────────

 ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 魔軍七大勢力────────────

 グガアアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオアア!!

 「古の黄金王」オシリスが率いる魔軍「古の眷属」が沸き出した─────



 突如として襲来した魔物の大群をイアルは見据えた。
「来やがったか!!」
 イアルが魔軍の侵攻を食い止めるべく、その魔物の群れに突っ込んだ。
遅れてティアとエリカも駆け出す。ジュニアはその場から動かず、静かに語
りかけるよう口を開いた。
「久しぶりだね───────「幻影」ウェルガ=サタニック」
「ああ、全てを奪いに来た」
「残念ながらレイもフィリも動ける状態じゃないんだ」
「ほう、それで?」
 ジュニアの手元に大鎌「クレセントサイダー」が出現する。
「僕が相手をしてあげるよ」
「クク…スフィンクスダンジョンで流れた戦いの決着、ここでつけるとしよう」
 ウェルガの両手に凄まじいエネルギーが収束していく。
Hamatan!!」
 ウェルガの咆哮とともにグラビティブラスト、重力砲がジュニアを狙い撃つ。
Ancient groover!!」
 が───────ジュニアの手から十字の闇が出現し、その十字の先端
から線が伸びた。その線は十字の先端同士を結びつけ、巨大な四角形、あ
たかもクルセイダーが持つ盾のごとき形へと変貌した。

 ゴグゥン!!

 轟音とともにウェルガの重力砲とジュニアの盾が相殺消滅する。
「フハハハハ!あの時のおさらいのつもりか!?ならばこれならどうかな!」
 ウェルガがファイアーウォールの詠唱を完了させ、無数の炎の壁を展開す
る。そして「Hamatan」がウェルガの手から放たれた。
「クク…受けるがよい!」
「…何?」
 重力砲の力で押しつぶされた炎が一気に「平常状態」へと戻った。

 ドグォン!! ドグォン!! ドグォン!!

 炎が四散した。突如として連鎖爆発に巻き込まれたジュニアが爆炎で吹き
飛ばされる。空中で受身を取るがウェルガの位置がわからない。

 ウェルガは上にいた。

 ウェルガは手をジュニアの方へとかざした。
「死ね──────」
 ジュニアが気づくより早く────────


 エリカが跳んだ。


「ハァァァァァアアアアアアアアアアッ!!」
 裂帛の気合いともにエリカがウェルガのサイドから斬りかかった。
「小娘が!」

 ガキイイイイイイイイイ!!

 エリカの剣とウェルガの手刀の激突で周囲に甲高い音が響き渡る。
「クク…!」
「うっ!」
 ウェルガがエリカの腕をつかみ、ジュニアの方へと放り投げた。そして手を
かざし重力法を放つ。
Ancient groover!!」
 ジュニアの展開した盾がエリカを守り、エリカが盾を振りかぶる。
「シールドブーメラン!」

 ドガン!!

「…貴様等ぁ!」
 高速で飛んだ盾がウェルガに炸裂した。落ちた盾を回収したエリカが剣を
構える。ジュニアが大鎌を無数に展開した。

 ウェルガの口元に歪んだ笑みが浮かんだ。
「クク…そろそろ引き上げ時か」
 その言葉の意味を知る者は現在この場ではウェルガしかいない。

 ◆

 レイがフィリを気遣うように手を差し伸べた。
「大丈夫ですか?」
 フィリがレイの顔を見上げ、呆然とした表情を浮かべた。
「────────」
 レイが慌てたような表情を浮かべる。
「すみません!何だかいてもたってもいられなくなったというか、その」

 レイは────────

「でも疲れてるようですし、宿に戻って休んだ方がいいですよ」

 傷だらけになってボロボロになって────────

「ご飯食べて、しっかり睡眠とるのが元気の秘訣だと思うわけですし」

 大切な思い出を、記憶をなくしても────────

「そんな水の中にいたら風邪引きますよ、とりあえず立ちましょう」

 それでも────────

 フィリは立ち上がるとレイの胸に飛び込んだ。
「うわっ」
 レイが慌ててすっころぶ。2人して水の中に倒れこんだ。フィリは涙を流し
ながら呟いた。
「ごめん…私レイに、レイに優しくしてもらう資格、なんてないのに、ごめん
ね。今だけでいいから、今だけで────────」

 私のことを大切にしてくれる────────

 レイ────────

 私は────────



 ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 ゴゥン!!ゴゥン!!ゴゥン!!



 フィリの想いを遮るかのように突如としてフィリとレイの周囲に火柱が吹き
上がった。炎の魔法、ファイアーピラーである。
「な…!」
 フィリが驚いた表情で周囲を見渡すと、火柱の奥に「玉座」が見えた。そ
こに座るは古代ピラミッドに住まうとされる魔王。

 魔軍七大勢力が一角、「古の黄金王」オシリスの配下の「魔王」

 アモンラー

「ファフィッフェフォ、ルーンミッドガッツ王国、正統王位継承者、フィリア=
フェリカ=ルーンミッドガッツ二世よ。一緒にきてもらおうかファフィフェフォ」
 突如、アモンラーとフィリの間にレイが立ち塞がった。
「ここは通さない!」
「ファフィフェフォ、記憶を失ってもまだ戦う意思があるのか、凄まじいことよ
英雄とはの、ファフィフェフォ。だが────邪魔だ」
 ゴガゥン!!という音ともにレイの背中が焼けた。レイは意識を失い、崩れ
落ちるように倒れ伏した。
「レイ!!」
 フィリがレイに駆け寄りヒールを唱える。レイの傷がふさがるが予断は許さ
れない。アモンラーが笑った。
「ファフィフェフォフォフォフォ!さぁ、我らが主の元に来てもらおう!全ての
終焉の扉を開くために来るのだ、ファフィフェフォ!」

 レイは────────たった一人で全てに決着をつけようとした。

 おそらくレイは「神々を穿つ一条の閃光」を放つ直前、私の出生を知った
のかもしれない。いやおそらくそうなのだろう。レイは誰かのため、いや正
確に言うならば私のために命を賭けた────────

 ずっと守ってもらってた────────

 ずっと戦ってくれていた────────

 ずっと────────愛してくれていた────────

 その想いは今でも続いている────────

 フィリはレイの頬に口付けた後、ゆっくりと顔を上げた。
「ごめんね、レイ。もうちょっとだけ───────待っててね」
 フィリはゆっくりとレイの身体を横たえると、静かに立ち上がった。

 ゆっくりとアモンラーの方に向けて身を翻す。

「   さない…」

 聞き取れないほどの小さな声でフィリが呟いた。

「ん!?」

 アモンラーが問い返すと、フィリは次の瞬間、はっきりとした声で言った。
「私は貴方たちを────────許さない!!」

 次の瞬間、尋常ではない魔力が天より飛来するイカヅチのごとく、フィリ
へと降り注いだ。フィリの背中にははっきりと「ユミルの十字架」の一つであ
る「愛情」の十字架が浮かびあがり、溢れ出る魔力はまるで天使の翼のご
とく、フィリの後方へと白銀の翼の形を模して展開されていく。

「ファフィ!なっ…なんだ…ぁぁぁぁ!!?」

 アモンラーが驚愕の言葉を吐いた次の瞬間、フィリの手元には強大な魔
力が────────


「滅びる前にフェイトに伝えなさい────────

 私は貴方たちを許さない────────

 レイの遺志は私が継ぐ────────」

 フィリが展開するは聖職者が扱う聖なる光、ホーリーライトの進化系。

 フィリのみが扱える輝きそのものの力。

 ホーリーシャイン

 「ユミルの十字架」にて収束される魔力が闇を撃つ────────


「全ての決着は────────私がつける!!」


 光の龍が天より大地に堕ち、コモドに侵攻してきた魔物その全てを、
アモンラーを含む魔物の全てを消滅させた。

 [続]


〜あとがき〜
ようやく本編が形になりつつ(・∀・)
次回予告、新たな王の誕生とともにフィリの元に力が集います。
サンダルマン要塞攻略戦編の開始ですΣd(゚∀゚*)


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