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Ocean's Blue

099:物語の終焉

 終わってしまった昔の話───────────

「こーら、また遅くまでやってる」
 どこかの辺境の町の一角にある研究室、その研究室に不躾に入ってきた
女性の声に気付いたその男が振り返って苦笑を浮かべる。
「セリン、ここは危ないから勝手に入ったらダメだと言っただろ」
「聞こえなーい。イルクライムやディスクリートはもう家に帰ってたよ?」
 ウェルガは笑みを崩さずに、セリンの肩をポンと叩いた。
「いくらアウレリアスの命とはいえ、この件にあいつらを深入りさせるつもりは
ないよ」
「へー、年下思いなんだ?」
「茶化すな、阿呆」
 ウェルガ=サタニックが幸せだったと言えるのはこの時が最期だった。ウェ
ルガは「過去最強の魔王の魂」付与の施術の際に恋人であるセリンを失い、
セリンの弟であるディスクリートに恨まれ、命を狙われることとなる。
 初代のダークロードとなったアウレリアスが死に、魔族となったウェルガや
イルクライムは壊れた機械のように世界を闇に還そうとした。

 失った大切な時間を、消し去りたいかのごとく───────

 ◆

 ダークロードが足元に倒れ伏すリシアを踏み潰そうと足を上げる。
「リシアから離れやがれ!」
 それをさせまいとキスクがダークロードの懐に飛び込み、三段掌、連打
掌!拳の三連打からの連携、痛烈な一打からの連携。
「猛龍拳───伏虎拳!!」
 振り下ろし気味に相手を吹き飛ばし、追撃の拳撃。
「連柱崩撃!!」
 追いついたと同時に無数の連撃。キスクはありったけの力を解放し、
強大な気を拳に宿し────拳が咆哮をダークロードに叩き付けた。
「阿修羅──覇凰拳!!!」
 光と、爆音が、木霊する中、ダークロードの口元に笑みが浮かぶ。


 Hell Judgment 


 命を蝕む魔力が音も無くキスクを押し潰した。


 静寂──────────────────


 キスクとリシアは沈黙してピクリとも動かない。
「まず、2人─────────」
 ダークロードに対峙するは「暗殺王」ロウガ=ブラスト。
「本性を現したか、ウェルガ」
「如何な暗殺王と言えど、今の我は止められぬぞ」
「ならば試してみるか───────?」



 ──────────────汝に死の安息を。


 ロウガの眼に「死」が宿る、それは「暗殺王」が真の力を発揮した証。


「Enchant Deadly Poison──────────────」



 全力を出したロウガとダークロードの激突が周囲に衝撃波を撒き散らす。

「ロウガ!跳んで!」
 フィリの鋭い声に反応し、ロウガが上方へと跳ぶ。

 凄まじいエネルギーの奔流が駆け抜ける。
「ダークロード!滅びなさい!」



  



 フィリが放つ魔を放逐し、死者を滅する絶対の言霊、プロンテラ城を覆い
つくすほどの巨大な結界。絶対なる破邪の力がダークロードに降りかかる。

 それと同時攻撃────────────

 イアルがダークロードの眉間を短剣で撃ち抜くと同時に、エリカがダーク
ロードの腹部をエクスキャリバーで貫いた。

 それは直感───────────

 ユミルに最も近い少女が感じた「悪い」直感───────────

「逃げてーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
 ティアの叫び声より早く、ダークロードの手には闇の大剣「骸骨杖」が出
現した。ダークロードの短い死刑宣告。
「消え失せよ」
 ダークロードが闇の大剣を振るう。それだけで周囲の重力が何倍にも増
す。もう一度振るわず、イアルの肩口に闇の大剣を突き立てた。
「ぐぁ…あああああああああああああ!!」
 鮮血と叫びと共にイアルが意識を失う。同時に無防備であってティアへダー
クロードが放った衝撃波が襲い掛かかり、ティアが意識を失う。

「ソニックブロー!」
 ダークロードの背後からの強襲、「暗殺王」ロウガ=ブラストの痛烈な一撃
が突き刺さる。まるで虫けらでも見るかのような眼でダークロードがロウガを
視界に入れる。

 回避──────────

 誰よりも鋭敏なはずのロウガの直感、それは間に合わなかった。
「燃え尽きよ」
 ロウガは自分の肉体が突如発火したことに気付いた。
「消えぬよ、その炎は。我をダークロードたらしてめている「魔王の魂」は、
かつて世界を焼き尽くした「炎獄王」スルト─────魔王モロクのモノだ」
「キ…サ…」
 怨嗟の声とともにロウガの肉体が焼失する。

 これが「暗殺王」ロウガ=ブラストの最期となった──────────


「…っ!」
 フィリが唇を噛み締める。たった数分の攻防でロウガが殺され、4人が戦闘
不能に追い込まれた。残るはフィリとエリカのみ───────────

 間合いをとったエリカがフィリの元で呟く。
「フィリさん──────どうしますか」
「それは…」
 フィリは言葉に詰まる。もはや万策尽きているに等しい。
「私に考えがあります」
 エリカがフィリに手短に説明する。
「でもそれじゃ…」
「迷ってる暇はなさそうですよ」

 ダークロードが静かに手をかざす。

 超圧縮された重力が砲撃となり地平を貫く────────────

 その攻撃に合わせ、フィリとエリカが裂帛の叫びとともに間合いを詰める。
「「アアアアァッァアアアアアアアアアアアア!!」」
 エリカが囮でフィリが本命、ダークロードはそう判断した。どのみち「ユミル
の聖女」たるフィリ以外この中で自分を傷つけられる者などいないのだ。
 故に、ダークロードはフィリへと手をかざす。
「消え散れ」
 フィリをダークロードの極太のエネルギー波が貫いた。だが倒れたのはエ
リカ、ディボーションでフィリのダメージを転化したのだ。意識を失い倒れ伏
すエリカには振り返らず、フィリが剣を掲げた。

 エリカの聖剣「エクスキャリバー」をフィリが掲げる。

 フィリは己のみが放てる聖職者が使える聖なる光、ホーリーライトの強化
版である光などではなく輝きそのものたるホーリーシャインの力、そしてマグ
ヌス・エクソシズムの退魔の力、その両方を「エクスキャリバー」に乗せた。
「ヤアアアアァッァアアアアアアアアアアアア!!」

 ドン!

 渾身の叫びとともにダークロードの心臓を「エクスキャリバー」が貫いた。

「見事だ…」

 ダークロードの口元から血が滴り落ちる。

「本気で殺したくなってしまった──────よ」

 ガン!

 ダークロードの拳がフィリを殴り飛ばした。

 フィリの身体が放物線を描き、壊れたおもちゃのように床に倒れる。

「終われ」

  超圧縮された重力が砲撃となり────────────

「待てやコラァァァァッァァァアアアアアアアアア!!」
 トレントが真紅都市の力を解放しながらフィリを護るように乱入してきた。

 ドゥン!

 衝撃が身体を貫き、トレントが吐血する。
「クソ…弾避けにもならねーのか…よ」
 トレントが意識を失い崩れ落ちた。


 力尽きたトレントの脇を通り過ぎ、ダークロードがフィリの首を掴み上げる。
「絶望したか?」
 うっすらと目に涙を浮かべ、それでも屈さず、フィリがダークロードを睨み
つける。まだ負けてない、負けるつもりなどはない。それは覚悟の証。嗜虐
心を煽られたのか、ダークロードがクックと笑う。
「もはや万策尽きただろう。お前の持ち駒は全て尽きた」
 イアルやエリカ達、フィリの仲間が無惨にも部屋に倒れている。
「お前の手持ちの魔力も限界だろう」
 マグヌス・エクソシズムを始め、フィリにはもはや手段が無い。
「お前を護ってくれる者ももういない」
 乱入してきたトレントと違い、アルナベルツやルアーナ達は静観している。
まるでもっと重大な何かがあるかのごとくトレントの説得に応じず、トレント
のみがここに現れたのだ。
 そして何より、フィリをずっと護ってくれた「彼」の命が散る瞬間を目の当た
りにした。「彼」は戻らない、死んでしまった者は戻らない────────
「無駄だったな、お前の物語はここで終わる」
 ダークロードの宣告。
「歯を食いしばって立ち上がり、涙を堪えここまでたどり着き、そして無意味に
散る。これがお前の物語の結末──────────」
「…っ!」
 ダークロードがフィリの首から手を放し、背中を翻す。
「もう一度言おう──────────絶望したか?」
 フィリの身体を無力感が走る。

「助けて…」
 フィリの心が──────────折れた。

 ◆

 万策尽きたこの状況を誰もが感じ取っていた─────────


 「皇帝」アイフリード=フロームヘルは意識を取り戻したものの、シリウスか
ら治らない傷を受けた為、とてもではないが戦える状況ではない。だが彼の
胸中にはある人物の姿が浮かんでいた。この絶望的状況をひっくり返せる
人物を。世界最強のギルドと言われたアイフリードのギルドを打ち破ったギ
ルド「Ocean's Blue」のギルドマスター、最強の称号を唯一打ち崩したあの男
ならばこの状況をひっくり返せるはずだ──────────


 彼はもう帰らぬ────────────────────


 「亀族の大将軍」タートルジェネラルは彼の存在を知っていた。20年前の
人間と魔族の大戦であの「魔族の帝王」を単身食い止めた男の一人息子、
それが20年前のダークロードを倒した女の血も引いているとなると、いかな
魔王とて注目せざるを得ない。例えどのような状況にあっても人々の中心に
いたというのも頷ける。彼がいれば、人々は戦えるだろう。どのような状況に
追い込まれようと逆転することも可能なのではないか─────────


 彼はもう帰らぬ────────────────────


 最前線で敵と戦うロイヤルミストは彼に嫉妬していた。この国を率いる若き
王、それは年端もいかない少女。自分は挫折を味わい、腐りきっていた。そ
の自分に火をつけてくれたのは間違いなくフィリ=グロリアスという少女だ。
ロイヤルミストは彼女を護るという気持ちの裏に、フィリへの恋心を押し隠
し、失ってしまったフィリのかつての恋人を羨んだ。彼女の心は彼しか救え
ない、だからこそロイヤルミストは男として彼に戻ってきてほしい─────


 彼はもう死んでしまったから───────────────


 キスク=リベレーションも────

 リシア=キングバードも────

 イアル=ブラストも────

 ティア=グロリアスも────

 エリカ=フレームガードも────

 最後に駆けつけたトレントも────


 彼の帰還という奇跡を最期に考えてしまった。だが彼らが意識を取り戻し
て最初に飛び込むのは彼の物言わぬ遺体。彼がいれば───────
きっとまだ戦える。彼が皆を引っ張ってくれれば彼らはきっと戦えるだろう。
それだけ、彼の存在は大きかった。フィリの中だけでなく彼らの中でも大き
な存在となっていたのだ。彼の存在こそが彼らの希望だった。それが断た
れ、それでも彼らは大地を踏みしめ、ここまで倒れずに来れた。


 それにも限界がきた───────────────────


 彼の父であるラクールがコモドで空を見上げる。諦めんのか、てめぇはよ。
俺はそんな弱っちぃガキに育てた覚えは無ぇ。てめぇが強くなるって決めた
きっかけは何だったよ?冒険をはじめたきっかけは何だったよ?惚れた女に
ふさわしい人間になるって決めたからだろ?お袋探すって名目だけじゃあ、
てめぇの頑張りは説明できないんだよ。ありゃラブだね。
 だけどよ、お前のそのザマは何だ?爆弾を身体に抱えてたな、それが飼い
慣らせないモノだってことくらい頭の悪い俺にだってわかる。でもよ、自分の
気持ち────────貫いて見せろよ。クチだけじゃなくて行動で示して
見せろよ、お前はそれだけの大切なモノを背負ってたんだから、倒れるん
じゃねぇ!傷ついてもな、泥にまみれてもな、心に決めたことくらい貫いてみ
せろ!格好悪くていい、どんなに無様でもいい、立ち上がれ!そこで立てな
きゃ男じゃねぇぞ!お前の惚れた女への気持ちってのはそんなもんか!
 

 死者へ声など届かない──────────────────


 ずっとキミの事を見ていたよ。キミとボクはずっと一緒にいた、ずっと一緒
にいてくれたね。ずっとずっと大切にしてくれた、全く親子二代でワガママ放
題に引っ張りまわしてくれたよね。キミは気付いてないかもしれないけれど、
キミは色んな人から大切なキモチをもらっているんだ。ボクはそういうことに
は敏感なんだ、だからこそキミといたんだけどね。ずっとずっと一緒にいたけ
ど、お別れのときがきたかな?さっすがにボクもタダじゃすみそうにないから
さ。伝えられる時にボクもキモチ告げとこうと思ってる。ずっと大切にしてくれ
て、ありがとう。ずっと一緒にいてくれて────────ありがとう。


 彼女の物語の終わりが幕を開ける──────────────


「陳腐な言葉だが────────」
 ダークロードの手に極高圧の光の矢が生まれ出でる。
「お前が愛した奴と同じ所に送ってやろう────────」
「う…あ…」
 フィリが腰を抜かし、尻餅をついて後退る。フィリの危機的状況に意識を
取り戻したのはたったの2人────────ダメージが大きすぎるのだ。
「フィリ…フィリ、ぐっ!!」
 激痛の走る肩を押さえてイアルが呻く。ティアが叫ぶ。
「お姉ちゃん!逃げて!お姉ちゃん!!」

「ごめんね…」

「「…っ!」」
 フィリの突然の謝罪に、イアルとティアが固まる。

「ごめん…ね、私、皆を護れなかった」
 その眼に浮かぶは運命に殉ずる聖者の諦め───────────
「おい冗談だろ、諦めるんじゃ…無…」
 その言葉をかき消すようにダークロードが光の矢を放つ。

 ティアの絶叫が木霊する────────────────

 光の矢は容赦無く身体を貫き、口からは鮮血が零れ落ちる。

 希望など、奇跡など現実には存在しない、するわけが無い。

 それを履き違えたフィリの物語は────────────

 彼女の物語は終焉を迎えた────────────


 [完]













 ↓








































 希望など、奇跡など現実には存在しない、するわけが無い。

 かなえたい願いがあるから、想いがあるから、人は物語を紡ぐ。

 故に───────────これより新たな物語が紡がれる。













 彼と彼女の、2人の物語が再び始まるのだ。


 光の矢に貫かれたダークロード、口から吐く鮮血が止まらない。

「っぐ、がは…、バカな!」

 ダークロードの驚愕の声、ダークロードは己が手にあった光の矢を保つこ
ともできず雲散霧消させる。



 ダークロードを貫きし、光の矢の銘────────────────

  



 今まで一緒にいてくれてありがとうね、ボクの最後の力をキミにあげるよ。
キミならきっと皆を導いてくれるから。だからしくじんなよ!この戦いだけは
絶対に負けるんじゃないぞ!

 脳裏に「ルドラの弓」…鷹のガイストの言葉が聞こえてくる。ガイストは「ル
ドラの弓」に眠る力を己が命と引き換えに解放したのだ。「ルドラ」とは荒ぶる
力を行使するという反面、豊穣を与え、命をもたらすという神の力を宿す。故
に「ルドラの弓」は己が使用者の真の力を引き出すことが可能なのだ。

 彼は「世界最強の英雄」となった人間の父を持つ────────

 そして「世界にただ一人残った神」となった母の血を継いでいる────

 彼は人間としてこの世界に産み落とされた。だが、彼は人であり、神でもあ
る。かつて神話の時代、最強とされたのは人でもあり神でもある半神たる
勇者ヘイムダルだった。そのヘイムダルと同じくして彼も半神として世界を生
きることができる。これまで彼は人だった、人間だった。だが「ルドラの弓」に
て真なる力を解放された彼は人ではない、神の力を行使することができる。

 故に──────────────────

 彼が人であった際に、人が「神の力」を行使した為、与えられたペナルティ、
自分の大切なものを失うといった事項は消失する。

 彼はアルベルタで「弓を引くこと」を失った────────

 彼はグラストヘイムで「全ての記憶」を失った────────

 ────────────それら全ては消失する。

 彼はここ首都プロンテラで人としての命を失った──────────

 ────────────神としての命を与えられ蘇る。

 だが、彼は「ルドラの弓」に蘇らせ「られた」わけではない。

 生きる意志無くば、生きることなど出来ない。

 すなわち、彼は己が意志にて、生きる選択をしたのだ。


「キサマ、何故、何故ダ!何故ダァァァァアアアアアアア!!」
 激昂したダークロードが狂乱じみた力をそのまま衝撃波として放つ。己が
怒りと憤りの矛先をフィリへと向けた。
 彼はひょいとフィリを抱くと、難なくその衝撃波の効果範囲内から逃れる。
「何故ダ、何故キサマ…が…!キサマ…がぁ!」

 ダークロードを無視し、彼がフィリに微笑みかけた。
「もう大丈夫だ、心配かけた」
 フィリの目に涙が浮かぶ。
「お帰り」
「ただいま」
「本当に…戻ってきたんだよね、帰ってきたんだよね」
「ちょっと待っててくれな」
 彼は抱き上げているフィリを近くにおろすと、懐から一つのモノを取り出して
ニヤっと笑った。

 それはフィリに贈ったモノと同じ形の指輪だった──────────

 それは間違いなくいつもの彼が戻ってきたという証。

 フィリが顔を覆って泣き出したい気持ちを押さえ込む。

 フィリもまたわかっているのだ。

 再会をかみしめたいという気持ちはあるのだが──────────

 先にやるべきことがあるということを。


 彼は指輪を嵌め、ダークロードと対峙した。

 「闇を統べる者」ウェルガ=サタニック=ダークロードと対峙した。


 「神雷」は蘇る──────────────

 不死鳥ジークフリートのごとく──────────────


「ウェルガ…いや今はダークロードか。随分好き勝手やってくれたな」
 神の力を宿し復活した彼が不敵な笑みを浮かべた。


 世界中の人々の想いを受け、新たなる光の下へ語り継がれる物語。

 レイ=フレジッドとフィリ=グロリアス、2人の物語が再び紡がれる。

 [続]


〜あとがき〜
主人公!復!活!
次回予告、復活したレイvsダークロードとなったウェルガの最終決戦!


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