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Ocean's Blue

104:崩壊する世界

 世界が壊れたという言葉は正確に現在起きている事象を表現している。

 文明を築いた都市は何千年も後もたったかのように老朽化していき、

 この世界に住まう人々は意思無き彫像と化していく。

「何だ…これは…」

 「皇帝」アイフリード=フロームヘルはまわりの世界が一瞬にして地獄にも
似た世界に変化したことに驚きを隠せない。先ほどまでアイフリードの治癒
を行っていたアルナベルツ教皇ヴァナディースや「真紅都市の姫巫女」ル
アーナもまた徐々に石化が進行している。
 ジェド大神官、ニルエン大神官に護られながら(この2人も石化が進行して
おり時間の問題である)、ヴァナディースが静かにアイフリードに告げる。
「皆を、この世界を…お願いします…」
「何故、俺は何とも無い!何故、世界が壊れている!?」
 ヴァナディースは静かに微笑んだ。
「これはユミル復活の兆しです。ユミルとは「世界」、「世界」とはこのミッドガ
ルド大陸だけを指すものではありません」
「────まさか」
「「世界」とはこの大地に住まう全てのイキモノも含みます。それら全てがユ
ミルに「戻ろう」としているのです。ですが「皇帝」アイフリード=フロームヘ
ル、貴方は違います。貴方は「ユミルの十字架」を持つ者、既にユミルと対
等の位置に存在する、イレギュラーなユミル。だからこそ──────」
 そこまでだった。

 アルナベルツ教皇ヴァナディースを始めとするアイフリードのまわりの人
間は全員石と化した。

 ◆

 「死を体現する者」ディスクリート=イノックシャースが嘲笑を浮かべる。

「「ユミルの十字架」を持つ者、もしくは「ユミル」の力を撥ね退けることができ
る程の力を持つ者のみが、最期の戦いに望むことができます」

 ◆

「がああああああぁあああああああああああああっっ!!」
 「真紅都市」の力を解放し、トレントが激しい抵抗を見せる。だが無常にも
石化が進行していく。その様子をキスクやリシアが歯を食いしばりながら見
つめる。何もできない、何もしてやれないのだ。
「────────クソ」
 トレントは自分の魔剣をリシアの方へと放り投げた。
「一緒に石化するのはしのびない。使ってくれ」
「トレント…!」
「すまん、俺はここで離脱みたいだ」
 トレントの動きが止まり、石となる。リシアはトレントから渡された魔剣エク
スキューショナーを手に、キスクに向かい合う。
「行こう、キスク」
「ああ」

 ◆

 トリスタン三世がワイングラスを片手にレイへと言葉を投げかける。

「動揺しないのだな、世界が一瞬で風化したというのに」
「まだ────────戻すチャンスがあるからな」
「良い判断だ…」

 世界中の時間が止まったかのように静寂が世界を支配する。

 ユミルが復活するということは「こういうこと」なのだ。

 生気という生気が全てから感じられなくなった崩壊世界。

「ユミルの力を吸収し、我が肉体は完全復活を果たすだろう。その時こそこ
の世界の終焉、そして新たな世界が始まる────────」


 トリスタン三世、いや魔王モロクの世界に対する宣言────────


「させるか────────よ────!!」
 イアルが超高速で魔王モロクの背後に回る。だがそれよりも早く、割り込
んだディスクリートがイアルの腹部に手を当てる。

 ズドォン!

 物凄い轟音とともに壁に叩きつけられたイアルが脳震盪を起こす。
「イアル!」
 ティアが慌ててイアルに駆け寄る。レイとフィリは、魔王モロクとディスク
リートから視線を逸らさない。
「前哨戦といきましょうか」
 ディスクリート=イノックシャースがレイ達の前へと立ち塞がる。
「我が名はディスクリート。この世界に残された4つの「神器」のうちの一つ、
「メギンギョルド」の簒奪者にして現所有者、そしてニブルヘイムの王たる
ロードオブデスそのモノ」

 ゴァ─────!

 凄まじい死の気配が充満する。レイがフィリを手で制し、前へと進み出る。
「正しい判断です」
 他では役不足でしょうから──────────

 レイとディスクリートの姿が消え、連続した衝突音が響き渡る。



「貴様を道具として生み出したが、十分過ぎるほどに親孝行であったよ」
 魔王モロクが漆黒の炎剣を手に、フィリと対峙する。
「血はつながっていなくとも、お父さんはアルベルタで私を待っていてくれる」
「オールド=グロリアスか、奴も石化しているはずだ。私を止めなければ、死
ぬことになるな─────────」
「だから─────最初から本気でいきます」

 天より授かりし聖なる大結界。

 魔を放逐し、死者を滅する絶対の言霊。



  



「効くと思っているのか──────────」
 漆黒の炎剣を振るうのみで、結界が吹き飛ばされる。圧倒的強さ、圧倒的
実力差。だが、フィリには心強き仲間がいる──────────!
「─────!」

 ギギギギギギギ!!

 魔王モロクの死角から入り込んだエリカの剣を、魔王モロクが受け止め
る。思わぬ力の大きさに表情を多少歪める。
「良い一撃だ─────!聖戦の為と称し、剣の腕を磨いてきた聖騎士団
の者よ。今が聖戦の時だ──────────!」

 ドドン!

 衝撃波のように魔王モロクの気が爆発する。



「レイ=フレジッド、まだまだ力を使いこなせていないようですね」
 ディスクリートの言葉にレイが歯噛みする。神の力とて圧倒できる相手で
はない。全ての死を飲み込んだロードオブデス、そしてそれに付随するよう
に神器の力を所持している。
「こういうモノも所持していますよ──────────」

 神々の戦士たる証─────「The Sign」──────────

「こちらの力を体内で転移することにより、神器である「メギンギョルド」の力
を一時的に2倍とすることが可能でして──────────」

 ディスクリートが拳を振り上げる。

 レイが気付いたときには遅く───────────────

 凄まじい震音とともにレイの肉体が床に叩きつけられる。

 ディスクリートがゆっくりと降り立つ。
「「ダブルメギン」とでも呼びましょうか、今のは「殴った」だけですよ?」
 レイの意識が朦朧とし、視界にうつるディスクリートの姿がぶれる。思った
以上にダメージが大きい。
「ふむ…あちらも決着がついた模様です」
 視界の端でフィリとエリカが倒れている。

 魔王モロクも止めを刺そうという気はないのか、静かにテラスへと歩いてい
く。ディスクリートがそれに倣い、テラスへと移動する。

「決戦の地は我が本体が封じられし「砂漠の都市」モロク───────」

 魔王モロクとディスクリートの姿が静かに消えていく。

「そこが──────世界終焉の地となるだろう──────────」

 ◆

 〜幕間〜

 ルーンミッドガッツ王国の首都プロンテラ、その北に広がる山脈帯である
ミョルニール山脈の一角に深き深き森が存在する。この世界の魔族全てを
統括する「魔族の帝王」が棲む森、一度入り込めば人の身では一生出るこ
とができないと呼ばれる───────────「迷宮の森」

 「魔の眷属」の支配者─────「魔族の帝王」

 「魔の眷属」とは他の「武の眷属」や「古の眷属」など全てのカテゴリーを含
む、すなわち全ての魔族=「魔の眷属」と言われている。

 「迷宮の森」の奥深く、湧き水の傍に小さな書斎が隠されている。

 その書斎で古い書物が収められた本棚に囲まれ、椅子の上で静かに読書
に勤しむ英国紳士のような男性、その対面の椅子には何かを覚悟したような
表情を浮かべる女性が座っていた。

 男性が静かに口を開く──────────
「このような辺鄙な所まで参ったということは…話があるのだろう」
「この世界の様子を見ても!貴方様は動かないのですか!我が子等は滅
びの一途を辿り、この世界は終わりを迎えようとしています!」
 女性は意を決したように声を荒げながら言葉を問いかける。
「────ふむ」
 パタンという音とともに男性は本を閉じた。
「魔王モロクがついに動き出したか────────」
「オシリスも!ドレイクも!オークロードも!皆死にました!私達の目的は魔
族の恒久的な繁栄であったはずです。いつから───────いつから壊
れてしまったのですか、貴方が権能を失い、ほぼ全ての魔族は離反し、そし
て魔族は魔王モロクによって滅びの一途を辿っています」
「私を糾弾しにきたか────────?」
 その言葉に女性は首を横に振った。
「私もまた、魔王モロクにつきます。彼は我が子らを新たな世界で生かしてく
れることを約束してくれましたから────────」
「────────そうか」
 女性は絶句した。永きに渡って仕えていた主の一言、存在として「見られて
いない」ほどの無関心。自分達が何をしようと、そのような物は些事でしか無
いと。

 「迷宮の森」の主の絶対的無関心──────────

 それは、道を誤った旧世代の者達全ての罪悪、それら全てに殉ずる心の
裏返しでもある。

 魔族──────────

 ユミルの域に到達し、ユミルと成り、さらなる種の繁栄を望む種族。だがそ
れは矛盾した望みでもある。ユミルに成ることは、すなわち今の世界の滅亡
を意味している。世界無くして繁栄は達成されない。故に、魔族とは生まれ
ながらに滅びを約束された種族でもあったのだ。アース神族達は巨人族(魔
族)を苦しめる為だけにユミルを封印したわけではなかったのだ。ユミルに成
ることは己の死を選ぶ必要がある。だからこそ無為散り行く命を拾い上げる
かのごとく、ユミルを封じることで可能性を広げたのだ。

 魔族はユミルを諦め、生きることを選ぶべきだったのだ。

 人々や神々と共に生きる道を模索しておけばよかったのだ。

 だが、流れた時は戻らない。世界はこうして滅びの道を辿っている。全て
が終わろうとしている。ユミルの力を取り込み復活した魔王モロクは絶大な
力を有するだろう。恐らくは「魔族の帝王」たる己が力を持ってしても相討ち
にすら持ち込めない。それ以前に戦う意義すら見出せない。もはや自分は
護るべき者すら全て喪ってしまっている────────────

 護るべき魔族はすべからく石となり、世界とともに壊れていった。

 魔王の名を冠するモノのみがこの崩壊した世界に残っている。

 旧世代を代表する魔王であった目の前の女性もまた滅びの道を選んだ。



 魔軍七大勢力たる「蟲の眷属」を率いる魔王

          ────────────「インセクトクィーン」マヤー



 彼女はこの世界の滅びと引き換えに新たなる世界での住人となることを魔
王モロクより約束された。だが世界が滅びるということは、己も、今この世界
で生きてきた自分の眷属も、全てが無に帰ることを意味している。それこそ
意味を為さない所業、そしてそれすら判断できないほどにマヤーは判断力
を失っている。彼女は────────────壊れてしまっている。

 ほどなく、レイ=フレジッド達と魔王モロクとの最終決戦が始まるだろう。
レイ達が勝てば世界は元に戻すことができる可能性を見出せる。魔王モ
ロクが勝てば世界は滅び新たなる世界が創世されるであろう。

 普通に考えればレイ達とともに戦い、世界の在りし日の姿を取り戻す。

 だが、曲がりなりにも自分は「王」である────────────

 世界全ての魔族の王であり、滅びの道を食い止められなかった愚者。

 故にこの最後の戦いには不干渉を決めこむつもりであった。

 だが──────────────────

 惜しい──────────────────

 これは欲望、「王」としてではなく、個人に湧き上がる衝動。

 もし魔王モロクがレイ達に勝利してしまえば、この衝動は未練となる。

 20年前、この「魔族の帝王」と呼ばれた自分をたった一人で食い止めた人
間がいた。破天荒で、それでいて緻密なる究極の戦士。

 「プロンテラ北の橋の戦い」と呼ばれた20年前の大戦で最も激しき戦い。
取るに足らない存在であった人間が、たった一人で、この自分を退けたの
だ。全魔力を用いて戦ったにもかかわらず退けられたのだ。しかも、あの
人間は戦いの後、よく迷宮の森に顔を出すようになった。

 「魔族の帝王」たる自分の唯一たる人間の友にして宿敵。

 あの人間との決着が永久につかない─────────────

 惜しい────────────────────────

「マヤー」
 「魔族の帝王」は静かに口を開いた。
「私も───────同行しよう──────────────」
 「魔族の帝王」はこの瞬間、王たることを放棄し、己が欲望に生きることし
た。20年前の決着をつける。それが己がやり残した唯一の望み。

「決着をつけよう、「七英雄」ラクール=フレジッド──────」

 「魔族の帝王」バフォメットがついに動き出す。

 己が欲望のままに───────レイ達へと牙を剥く────────

 最悪のタイミングで、最強の敵が動き出す。

 [続]


〜あとがき〜
クライマックス間近!
次回予告、崩壊した世界で残された者達が集います。


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